14.雑種強勢の利用
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2品種,または2系統を交雑してF1を作った場合,F1は両親の持っている形質とは違った,あるいはそれ以上の形質,すなわち両親よりも優れた経済能力を発揮することがある。
雑種F1に現れるこのような現象を雑種強勢 heterosis と呼んでいる。
雑種強勢は古くから動植物の遺伝学者によって注目されてきた現象であり,19世紀に入って,トウモロコシでえられた組織的研究成果から産業利用が図られるようになってきた。
鶏では,1940年後半から近交系の確立と近交系間交配種の作出が試みられ,一応の成功を収めるに至った。
また,豚と肉牛,羊など肉畜生産では,品種間交雑による雑種強勢利用が古くから行われ,現在では,純粋種を利用した肉畜生産形態は畜産先進国ではほとんど見られない状況にある。
雑種強勢は,どのような品種間交配,系統間交配であっても,雑種することによって発現するものではなく,交配に使用される品種,または系統の遺伝的組成とその組み合わせの適性によって決まるので,雑種強勢の利用には使用する育種素材の選択と,さかのぼって雑種強勢利用を目的とした育種素材の選抜育種があわせて検討されなければならない。
また,雑種強勢はすべての形質において発現するのではなく,家畜の場合,
- 生産性と適応性に関する発育
- 繁殖(産子数)
- 泌乳(泌乳期間中における子牛の発育,離乳時体重,離乳率)
- 産卵
- 飼料の利用性
- 強健性
などに顕著に発現する。 さらに,表現型の均一性としても発現してくる。
14-1.雑種強勢の評価
実用的な立場から,どの品種間交配,または系統間交配が最も優れた雑種強勢効果を示すかを検討する必要がある。
雑種強勢効果が最も期待できる交配組み合わせを検定する方法は,総当り交配 diallel mating がある。
①F1-Pm ②(F1-Pm)/Pm ③(F1-Pm)/|P-Pm| |
ただし,F1:F1の平均値,P:両親の品種(系統)のいずれか一方の値,Pm:両親の品種(系統)の平均値である。③の式はメーサー Mather(1941)によって示されたポテンス比 potence ratio である。ポテンス比が+1より大きいときはF1は両親のいずれよりも大,-1より小さいときはいずれよりも小さいことを示すものである。+1より大きいときにヘテローシスがあると認められる。 |
ここで,豚と肉用牛に関しての雑種強勢が,どの様な形質に現れているのかの例を次表に示しておく。
ここでみられるように,雑種強勢はかなり顕著に働いている。家畜育種の実際において,雑種強勢を上手に利用するための方法を考慮することは極めて重要である。
〈肉用牛〉 | 経済的な重要性 | 遺伝率 | 雑種強勢によって 期待できる効果 |
繁殖能力に関する形質 | 20 | 10% | 10% |
発育および飼料効果 | 2 | 40 | 5 |
牛肉の価値 | 1 | 50 | 0 |
〈豚〉 | 一代雑種 | 三元(純粋種♂×一代雑種♀) | |
1腹子豚数 | - | (+) | |
1腹子豚数(離乳時) | + | + (+) | |
1腹子豚総体重(離乳時) | ++ | ++ ~ + | |
離乳後の1日平均体重 | + | + | |
飼料要求率 | ± | ± | |
屠体形質 | – | – |
雑種強勢のための系統・品種の維持
雑種強勢を上手に利用するためには,どの様な組み合せの場合に雑種強勢が発現するかを知ること,その両親系統・品種の維持について配慮しておくことが必要不可欠である。
実際には,遺伝的形質や,系統の起源が明らかに異なる品種や系統の間で多くの組み合せ交配を行って,F1の能力・形質についての雑種強勢の出方を調査する。これを組み合せ能力の検定と呼ぶ。その結果,最もよい能力を示したものの親の品種,系統の増殖を進める。そして,それらを用いて交配し,実用畜の交配を行うのである。
この組み合せ能力を維持する方法として,F1個体の中でよい能力を発揮したものの親の雌と雄個体を選び出して,品種系統内で増殖させる。次に,増殖した品種・系統間で交配して実用畜を作り利用する。ついで,再び品種系統のもと親の選抜を行うという方式を,繰り返す相反反復選抜法が工夫されている。いずれにせよ,両親系統・品種には,現在かなりの能力の水準が要求されている。
わが国の場合,肉用牛では異品種間の交雑があまり行われずに,但馬系と広島系,鳥取系,岡山系などの交配が行われているが,それらは肉質と肉量の両者を子畜に期待して行われる交配である。
外国では,異品種間の交雑利用がなされており,わが国でも,近い将来において,豚,ブロイラーと同じように,肉用牛でも品種間雑種が利用されることが考えられる。
14-2.品種間交雑による利用
乳牛
ホルスタイン,ジャージー,ガンジー,エアシャーなどの2品種間ならびに3品種間交雑試験が行われている。
乳牛の交雑F1においては,乳量,乳脂量,乳脂率のいずれも両親の中間,または少し高いほうに現れ,優性や上位性効果などの非相加的効果は現れないと報告されている。
肉牛
成長能力,
- とくに生時体重
- 肥育時体重
- 1日あたり増体量
- 飼料効率
に雑種強勢がみられること,
また,産肉能力のうち,
- 枝肉量
- 枝肉歩留まり
- 枝肉等級
- ロース芯面積
- 屠体長
などに優越性が見られている。
これまで,
- アバディーンアンガス♀×ショートホーン♂
- ヘレフォード♀×ショートホーン♂
- ギャロウェー♀×ショートホーン♂
などの交雑F1で雑種強勢効果がよく発現することが示されている。
めん羊
イギリスではブラックフェース Black face やシェビオット Cheviot♀×ボーダーレスター Border Leicester♂の組み合わせがよく行われており,交雑F1は父方の多肉性と母方の良質の肉質をもち,発育は両親のいずれよりもよいとされる。
ニュージーランドでは,ロムニーマーシュ♀×サウスダウン♂のF1が肉用として賞用されている。
豚
アメリカでは出荷される豚の80-90%が雑種豚といわれ,わが国でも1960年ごろより,雑種豚の比率が増加し,現在では豚総頭数の約70%が雑種豚で占められるようになった。
わが国の肥育豚としては,ランドレースや大ヨークシャーのような産子数が多く,体長が長く成長もよい品種に,デュロックやハンプシャーのような脂肪が少なく,赤肉量に富み,ロース芯断面積の太い品種を交配したF1,または三元雑種,戻し雑種を用いるのが一般的である。
鶏
採卵鶏では,卵数が多く,卵重も小さくない卵数系統と,卵重が重く,しかも,卵数もそれほど少なくない卵重系統との二元,三元,四元雑種が用いられており,また,ブロイラーは母鶏品種である白色ロックの合成系統と,父鶏品種としての白色コーニッシュの合成系統の交雑種が用いられている。
これらの雑種利用は遺伝的に異なった親間のF1が両親の長所をもち,短所を補い合っているばかりでなく,表現型的に斉一な能力を示し,時として両親より優れているという雑種強勢を示すからに外ならない。 |
この雑種強勢は優性効果や上位性効果などの遺伝子群の非相加的作用によるところが大きいことについてはすでに述べた。したがって,相加的遺伝分散の大きい形質,すなわち遺伝率の高い形質では雑種強勢が出にくく,遺伝率の低い繁殖性に関する形質などでは高く発現する。 |
14-3.近交系間交雑による利用
近親交配を継続して作出された系統を近交系とよぶが,これら近交系間交配F1では,すでに品種間交配F1 で説明したように雑種強勢が発現する。
近交系間の交配では,F1 は表現型値の斉一性のみならず,雑種強勢を示すことが多い。近交係数50%以上の近交系間の交配種F1をインクロスという。
この近交系間交配種では,発育,繁殖能力,強健性,飼料の利用性,さらに表現型の均一性などに雑種強勢効果が見られ,豚や鶏などで積極的に利用されてきている。
また実験動物では,すでに多数の近交系が確立されているが,これらの近交系間F1は動物実験での生体反応に均一性が期待できるために,研究目的の使用が多い。
14-4.その他の交雑法の利用
雑種強勢は,主としてF1世代において顕著に発現する現象であり,F23と世代を進めることにより急速に減少,消滅してしまい,遺伝的に固定することはできない。
F1世代においても,ある程度の遺伝的ヘテロ性を保持し,高い生産能力の維持を図ることは大切である。
そのための方法として,
- 戻し交雑 back cross
- 三元交雑 three way cross
- 四元交雑 four way cross
- 循環交雑 ratation cross
などの方式がある。
14-4-1.戻し交雑,三元交雑
戻し交雑種とは,A品種(系統)とB品種(系統)の交雑によって得られた F1に,両親のA,B品種(系統)いずれか一方の品種(系統)を交雑して得られた子である[F1(A×B)×A,F1(A×B)×B]。
また,三元雑種とは,F1に,さらに第3番目のC品種(系統)を交雑して得られた子である[F1(A×B)×C]。
F1に現れる母性効果,繁殖・泌乳能力には雑種強勢が発現するので,F1への母性効果を積極的に利用することにより生産性の向上を図ることができる。
とくに豚の場合において,これらの交雑法が優れた成績をあげている。戻し交雑種,三元雑種で産子数,離乳時体重,離乳時までの1日当たり増体重,肥育時体重,飼料要求率などに優越性が認められたとの報告がある。
14-4-2.四元交雑
四元雑種とは,A,B,C,Dの4品種(系統)の交雑によって得られた子である[(A×B)×(C×D)]。
14-4-3.輪番交配
循環交配 rotational mating ともいう。
2品種以上を逐次循環させる方法で,とくに豚で行われている。A×BのF1の雌にC雄を,さらにその子にはA雄を,次にはB雄を交配していく方法で,一般に雌のみを循環させ,雄は純粋種を使用する。
すなわち,雌の方に十分なヘテロ性をもたせ,母畜としての能力の雑種強勢を利用させながら,優れた能力を持つ純粋種の雄を交配させ,家畜の生産能力を発揮させようとする交配の方法である。下図に3品種循環交雑と母子の雑種性をまとめた。
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February 03, 2020