ヒトにおけるメンデル遺伝
このページの内容 |
1900 年以降,遺伝子の分離と独立の組み合わせについてはいろいろな生物で研究された。ヒトにおける形質の遺伝はメンデルの法則の例外ではないかとの考えもあったが,短指症 brachydactyly ( MIM/OMIM 112500 ) が 1905 年にメンデル形質であると同定されて以来,5,000 以上の形質がこれまで報告されている。
ヒトの形質の分離と独立組み合わせ
分離と独立の法則がヒトの形質に適応できるかどうかを考えるために,まず 白化症 albinism ( MIM/OMIM 203100 ) と呼ばれる劣性形質の遺伝をみてみよう。 白化症の遺伝子をホモ ( aa ) でもつ個体は色素を生産できない。青白い皮膚,白髪と色素のない目をもっている。優性対立遺伝子 ( A ) は正常な色素沈着を制御している。
この例では,両親は正常な色素沈着をもっているが,劣性対立遺伝子 ( a ) のヘテロ接合体である( 左図 )。両親ぞれぞれで,配偶子形成の時に優性と劣性対立遺伝子がお互いに分離する。両親はそれぞれ 2 種類の配偶子を形成するので( A をもつものと a をもつもの ),受精時には 4 通りの組み合わせがあり得る。
もし子供がたくさん生まれるとしたら,予測される表現型比は 3 正常な色素沈着 : 1 白化症で,遺伝子型比は 1AA : 2Aa : 1aa となる( 左図 )。言い換えると,配偶子形成時の対立遺伝子の分離はエンドウとヒトで同じ結果を生むということである。これは,ヘテロ接合体同士の夫婦が子供をもつ場合に,生まれてくる子供が白化症となる確率が 25% ,正常な色素沈着のある子供の確率が 75% ということを意味する。
ヒトにおける 2 形質の同時遺伝もメンデルの独立の遺伝に従う( 下図 )。ここでは両親が白化症のヘテロ接合体で,もう一つの劣性形質である先天性難聴 ( MIM/OMIM 220290 ) を例にしてみよう。
正常な聴覚の遺伝子が優性で,ホモ接合体を DD,ヘテロ接合体を Dd で示す。配偶子形成の際,皮膚色と聴覚に関する遺伝子はそれぞれ独立して配偶子に組み合わされる。その結果,両親のそれぞれは同割合の 4 種類の配偶子を形成する。
この場合配偶子の組み合わせは 16 通りあり,4 つの異なる表現型に分けられる( 下図 )。遺伝子型の検討から,16 回に 1 回の割合で子供が難聴で,白化症になることが分かる。
エンドウやハエのような他の生物で,実験的な交雑法を用いて遺伝子解析が行われている。ヒトでは実験的な交配は不可能なので,既に生まれた子供を基礎に考えなくてはならない。人類遺伝学では,次に述べるような家系図を利用して形質の遺伝が研究されることがある。
人類遺伝学における家系図分析
ヒトにおいて遺伝子解析をする基本的な方法は家系図を作製し,形質の遺伝を追跡することである。その家系図から,形質の遺伝を数世代にわたって追跡するのである。
メンデルの法則を用いると,
- その形質が優性なのか劣性なのか
- 問題の遺伝子が常染色体にあるのか
- 性染色体にあるのか
ヒトの遺伝形質に関する情報
ヒトの遺伝子ならびに遺伝病の追跡を続けるために,Johns Hopkins 大学の遺伝学者 Victor McKusick 博士のグループによって,ヒトの遺伝形質に関するカタログが公表されている。このカタログは Mendelian Inheritence in Man: Catalogs of Human Genes and Genetic Disorders ( MIM ) として出版されている。
また,WWW上で “Online Mendelian Inheritence in Man ( OMIM )” も利用できる。このカタログでは,各形質にカタログナンバー ( MIM/OMIMナンバー ) が割り当てられている。オンライン版では,説明文,写真,参考文献,ならびに他のデータベースへのリンクが含まれている。
オンライン版の参照の仕方: |
---|
National Center for Biotechnology Information ( http://www.ncbi.nlm.nih.gov/ ) のホームページでOMIMにアクセスする。 |
常染色体劣性形質に関する家系分析
ヒトの家族は比較的小さいが,数世代に渡る家系分析によって,その形質が劣性遺伝するのか,それが常染色体上にあるのかまたは性染色体上にあるのかを決定することができる。
常染色体によって運ばれる劣性形質の特徴を,以下のようにまとめることができる。
- 比較的希な遺伝病の場合には,ほとんどの発病者は発病していない両親を持つ。
- 両親がどちらも発病者 ( ホモ接合体 )の場合,その子供はすべて影響を受ける。
- 両親がヘテロ接合体の場合,その子供が発病する確率は 25% である。
- 形質が常染色体によるものなので,男性と女性の両方に,ほぼ同じ割合で発現する。また,父親も母親もその形質を伝えてしまう。
- 希に発現する形質をもつ家系では,発病者 ( ホモ接合体 ) をもつヘテロ接合体の両親はお互いに血縁関係にあることが多い。
上記の常染色体劣性形質に関する特徴を組み込んだ家系図の例を下に示す。表 1 に,常染色体関連の劣性形質の例をまとめた。
常染色体関連の劣性形質には,髪の色や眼の色のようなマイナーな表現型の変異を示すものや,致死的であったり,生存が脅かされるものまである。たとえば,嚢胞性線維症や鎌状赤血球貧血がその例である。
家系分析に用いられる記号の解説(1)はこちら 家系分析に用いられる記号の解説つづき(2)はこちら |

常染色体劣性形質に関する家系図例
この家系図には常染色体劣性遺伝に伴う特徴を書き込んでいる。ほとんどの発症している個体は正常な両親を持ち,全体的に約1/4の子供が劣性形質を発現している。性比はほぼ同じで,発症している両親からは発症した子供が生まれている。
表 1. 常染色体関連の劣性形質の例 | ||
---|---|---|
形質 | 表現型 | MIM/OMIM ナンバー |
白化症 Albinism |
皮膚,眼,毛髪の色素の欠如 | 203100 |
毛細血管拡張性運動失調症 Ataxia telangiectasia |
神経変性 | 208900 |
ブルーム症候群 Bloom syndrome |
小人症,皮膚発赤,高ガン化率 | 210900 |
嚢胞性線維症 Cystic fibrosis (CF) |
分泌腺の退行による器官の機能低下 | 219700 |
ファンコーニ貧血 Fanconi anemia |
発育遅延,心臓障害,白血病への移行 | 227650 |
ガラクトース血症 Galactosemia |
肝臓へのガラクトース蓄積,精神発達遅延 | 230400 |
フェニールケトン尿症 Phenylketonuria ( PKU ) |
血中へのフェニルアラニンの過剰蓄積,精神発達遅延 | 261600 |
鎌状赤血球貧血 Sickle-cell anemia |
ヘモグロビン異常,血管損傷 | 141900 |
サラセミア症候群 Thalassemia syndrome |
ヘモグロビンの生産異常 | 141900/141800 |
色素性乾皮症 Xeroderma pigmentosum ( XP ) |
DNA修復酵素の欠如,紫外線傷害,皮膚ガン | 278700 |
テイ-サックス病 Tay-Sachs disease |
神経細胞における ガングリオシド 代謝異常,早期死亡 | 272800 |
常染色体優性形質に関する家系分析
常染色体優性の遺伝病では,ヘテロ接合体ならびに優性ホモ接合体をもつ人が発病してしまう。発現しないのは劣性対立遺伝子を 2 個もつ人だけである。
優性形質は,以下のような遺伝的な特徴を持つ。
- すべての発病者の親の少なくとも 1 人は発病者である。ただし,突然変異率が高い遺伝子の場合は例外となることがある
( 生物学的な親から伝わったのではない遺伝形質が突然変異によって生じることがある ) 。 - ヘテロ接合体の人が,発病していない人 ( 劣性ホモ ) と結婚した場合,子供に伝わる確率が 50% である。
- 常染色体の遺伝のために,発病する男女の数はほぼ同じである。
- ほとんどの発病者がヘテロ接合体の場合が多いので,両親が発病者でも影響を受けない子供が生まれることがある。これに対して,常染色体劣性形質を両親が発病している場合には,発病者ばかり生まれる。
- ホモ接合体の発病者は,ヘテロ接合体の場合に比べ発現形質の程度が重篤であることが多い。
上記の常染色体優性形質に関する特徴を組み込んだ家系図の例を下に示す。表 2 に,常染色体関連の優性形質の例をまとめた。
表 2. 常染色体関連の優性形質の例 | ||
---|---|---|
形質 | 表現型 | MIM/OMIM ナンバー |
軟骨形成不全症 Achondroplasia |
長骨の発生不全による小人症 | 100800 |
短指症 Brachydactyly |
指が短い手の奇形 | 112500 |
屈指症 Camptodactyly |
小指のわん曲 | 114200 |
クルゾン頭蓋顔面骨化骨異常 Crouzon syndrome |
顔面中央部分の形成異常 | 123500 |
エーラー・ダンロス症候群 Ehlers-Danlos syndrome |
結合組織の異常,関節弛緩 | 130000 |
家族性高コレステロール血症 Familial hypercholesterolemia ( FH ) |
血中コレステロール濃度上昇,心臓病 | 144010 |
多発性嚢胞腎 Polycystic kidney disease ( PKD ) |
腎不全 | 173900 |
ハンチントン病 Huntington disease |
神経変性 | 143100 |
高カルシウム血症 Hypercalcemia |
血中カルシウム濃度上昇 | 143880 |
マルファン症候群 Marfan syndrome |
結合組織の異常,動脈破裂 | 154700 |
爪・膝蓋骨症候群 Nail-patella syndrome |
爪,膝蓋骨欠損 | 154700 |
ポルフィリン症 Porphyria |
ポルフィリンの代謝過程の異常,精神神経症状など | 176200 |
伴性遺伝と性染色体上の遺伝子
女性は 2 個の X 染色体をもち,男性は X と Y 染色体をもつ。これらの 2 種類の染色体は大きさも形状も大きく異なる( 右図:大きい方が X 染色体 )。
- X 染色体は中型で,中部動原体型染色体である。
- Y 染色体は非常に小さく,末端動原体型染色体で,X 染色体の約 25% の大きさに過ぎない。
X 染色体上にある大部分の遺伝子は Y 染色体のものとは異なるので,減数分裂の時,X と Y 染色体は短腕先端の非常に限られた部位で対合する。
X と Y 染色体間の遺伝的な差が,伴性遺伝として知られる遺伝様式を作り出す。
- X 染色体上の遺伝子によって,X 連鎖性の遺伝様式が,
- Y 染色体上の遺伝子によって,Y 連鎖性の遺伝様式がある。
女性はすべての X 染色体連鎖遺伝子を 2 個もつので,どの遺伝子に対しても ヘテロ接合体 heterozygous か ホモ接合体 homozygous となる。これに対して,男性では X 染色体は 1 本もつだけである。Y 染色体には,X 染色体にある遺伝子がほとんど存在しないので,男性は X 染色体連鎖の遺伝子のヘテロ接合体にも成り得ない。
このことが,X 染色体連鎖性の劣性遺伝子病が女性に比べ男性に多い理由である。 |
---|
男性では X 染色体上の遺伝子が量が半分(1コピーのみ)なので,ヘミ接合体 ( 半接合体 ) hemizygous という用語が用いられる。したがって,X 染色体上の劣性遺伝形質が男性に発現してしまう ( X 連鎖形質は女性における表現型によって, 優性 であるかまたは 劣性 であるかが定義されている ) 。
- 父親は自分のもつ X 染色体を渡すと娘に,Y 染色体はを渡すと息子になる。
- 母親は 2 本のうちどちらかの X 染色体を無作為に娘や息子に伝えることになる( 右図 )。
結果的に X ならびに Y 染色体は独特の遺伝様式をもつことになる。
もしある形質が X 染色体染色体連鎖性であれば,
- 父親はすべての娘にそれを伝えてしまう ( 結果的に,その娘はヘテロ接合体かホモ接合体になる )。
- もし母親が X 連鎖劣性形質をもっていれば,息子はその劣性対立遺伝子を 50% の確率で受け継ぐこととなる。
次の項目では,伴性遺伝の例をいくつかを紹介する。
X 染色体連鎖の優性形質
X 染色体上にある優性形質の数は非常に少ない。この遺伝様式は,次の 3 つの特徴にまとめることができる。
- この形質をもつ男性から生まれる娘にはすべて遺伝するが,息子には遺伝しない。
- この形質のヘテロ接合体の女性は子供の半数にこの形質を伝え,娘も息子も同じ割合で受け継ぐ。
- 男性に比べ女性は概ね 2 倍多い割合でこの形質をもつ。
例:低リン血症 hypophosphatemia ( MIM/OMIM 307800 ) – くる病のような脚のわん曲を起こす。
X 連鎖優性形質に関する特徴を組み込んだ家系図の例を下に示す。

X染色体連鎖優性形質である”低リン血症”を発症している家系図の例
この家系図にはX染色体連鎖優性形質の特徴を書き込んである。発病した父親からは浮かれた娘はすべて発症するが,息子には影響がない。発病した母親からはほぼ半数の子供にこの形質が遺伝する。父親に比べ母親は二倍の確率となる。
男性は X 染色体上のすべての遺伝子に対して ヘミ接合体 なので,X 連鎖遺伝子をすべて発現する。この遺伝様式は次のようにまとめることができる。
- ヘミ接合体の男性とホモ接合体の女性が発病する。
- 女性よりも男性ではるかに高率に発病し,その形質がまれな対立遺伝子の場合にはもっぱら男性が発病する。
- 発病した男性は母親から当然変異遺伝子を受け継いだもので,その男性のすべての娘にその対立遺伝子が受け継がれるが,息子には遺伝しない。
- 発病した男性から生まれ娘はたいていヘテロ接合体であり,その形質は発現しない。このヘテロ接合体の女性の息子は 50% の確率で劣性形質を受け継ぐ。
上記の X 連鎖劣性形質に関する特徴を組み込んだ家系図の例を下に示す。また,X 連鎖劣性形質の例を表 3 に示す。

X染色体連鎖劣性形質の家系図の例
この家系図にはX染色体連鎖劣性形質の特徴が書き込まれている。ヘミ接合体の父親が発症し,すべての娘にこの形質を遺伝する。娘はヘテロ接合体保因者となり,女性より男性でより高率に表現型が発現する。
表 3. X 連鎖劣性形質の例 | ||
---|---|---|
形質 | 表現型 | MIM/OMIM ナンバー |
副腎白質ジストロフィー Adrenoleukodystrophy ALD |
副腎不全と精神衰退 | 300100 |
色覚異常 Color blindness |
||
緑色盲 Green blindness |
緑光に対する無感覚 | 303800 |
赤色盲 Red blindness |
赤光に対する無感覚 | 303900 |
ファブリー病 Fabry disease |
酵素欠損による代謝異常 | 301500 |
ブドウ糖-6-リン酸脱水素酵素欠損症 Glucose-6-phosphate dehydrogenase deficiency |
重度の貧血 | 305900 |
A 型血友病 Hemophilia A |
血液凝固因子の VIII 型因子欠損 | 306700 |
B 型血友病 Hemophilia B |
血液凝固因子の Ⅸ 型因子欠損 | 306900 |
魚鱗癬 Ichthyosis |
皮膚疾患 | 308100 |
筋ジストロフィー muscular dystrophy MD |
デュシェンヌ型,極度の筋肉疲労 | 310200 |
Y 連鎖形質は男性から男性へ遺伝する
男性だけが Y 染色体をもつので,この染色体上の形質は父親から息子へ直接伝わる。さらに,Y 染色体上の遺伝子は ヘミ接合体 なので,すべての Y 連鎖形質は発現する。
これまで約 36 種の Y 連鎖形質が知られている。それらのいくつかを表 4 にまとめた。下図は Y 連鎖性の遺伝を示す家系図例である。
表 4. Y 染色体上の遺伝子の例 | ||
---|---|---|
遺伝子 | その産生物質 | MIM/OMIM ナンバー |
ANT3 ADP/ATP translocase | ミトコンドリア内へ ADP を,逆に外へ ATP を輸送する酵素 | 403000 |
CSF2RA | 成長因子の細胞受容体 | 425000 |
MIC2 | 細胞受容体 | 450000 |
TDF/SRY | 精巣分化誘導物質 | 480000 |
H-Y antigen | 細胞膜タンパク質 | 426000 |
ZFY | 遺伝子発現を制御する DNA 結合タンパク質 | 490000 |
ミトコンドリアの遺伝子は母から子へ遺伝する
ミトコンドリアは食物分子から ATP へエネルギー変換する細胞小器官である。ミトコンドリアは DNA 分子をもち,37 種ほどの遺伝子をもっている。
ミトコンドリアは真核細胞の誕生に際して,Paracoccus のような好気性細菌が細胞内に共生して細胞小器官になったとする説が出されている。ほとんどのミトコンドリアは 5 – 10 の DNA 分子をもち,各細胞は数百から 2,500 程度のミトコンドリアを有している ( 赤血球を除いて ) 。
ミトコンドリアは卵細胞質を介して,母親からすべての子供に伝達される。
精子はその成熟中に細胞質のほとんどを失ってしまう。 |
その結果,ミトコンドリア遺伝子の突然変異による遺伝病が母性遺伝する。男性も女性も発病するが,女性だけがミトコンドリアを伝達し,それらがもつ突然変異を伝えるので,独特の遺伝様式をもつことになる ( 下図 ) 。
ミトコンドリアの遺伝病は,エネルギー変換の欠如に関連している。最もエネルギー要求量の高い組織,たとえば神経系,筋肉,肝臓ならびに腎臓などが影響を受ける。
ミトコンドリア遺伝子の突然変異による遺伝病のいくつかを表 5 にまとめた。
表 5. ミトコンドリアの形質の例 | ||
---|---|---|
形質 | 表現型 | MIM/OMIM ナンバー |
キーンズ・セイヤー症候群 Kearns-Sayre syndrome |
低身長,網膜退行 | 530000 |
レーバー遺伝性視神経萎縮 Leber optic atrophy ( LHON ) |
失明 | 535000 |
MELAS syndrome | 嘔吐,痙攣,発作 | 540000 |
MERRF syndrome | エネルギー輸送関連の酵素欠如 | 545000 |
好酸性顆粒細胞腫 Oncocytoma |
腎臓の良性腫瘍 | 553000 |
遺伝子発現に影響する要因
多くの遺伝子は規則的な発現パターンをもつが,中にはいろいろな表現型を示すものがある。たとえば突然変異の遺伝子型が存在しても,表現型が発現しない場合がある。表現型の変動は他の遺伝子との相関や遺伝子と環境の相互作用など,いろいろな要因によって引き起こされる。
年齢と遺伝子発現
ほとんどの遺伝子は出生前や成長早期に作用するが,成人期まで発現しない遺伝病も知られている。良く知られている例を 2 つあげる。
- ハンチントン病 Huntington disease ( HD ) ( MIM/OMIM 143100 ) – 常染色体優性形質。30 歳から 50 歳の間に発症し,その後 5 – 15 年で死亡する。
- ポルフィリン症 Porphyria ( MIM/OMIM 176200 ) – 常染色体優性形質。高齢時に発症。
浸透度と表現度
遺伝子発現の変動を示す用語として,浸透度 penetrance と 表現度 expressivity がある。
- 浸透度は,疾病に関連する遺伝子型をもつ場合に,発病する確率を指す。優性の遺伝病遺伝子をもつ人はすべて発病するので,その遺伝子は 100% の浸透度をもつと表現する。突然変異遺伝子をもつ 25% の人が発病する場合には,浸透度は 25% である。
- 表現度は,表現型の変動 ( 発現の程度 ) を意味する。
これらの例として屈指症 ( MIM/OMIM 114200 ) をもつ家族の家系図を下に示す ( 図中,左手にのみ発現している場合は記号の左側,右手に発現している場合は右側,両方の手に発現している場合記号全体が濃く塗られている ) 。

浸透度と表現度の例
Penetrance and expressivity. This pedigree shows the transmission of camptodactyly in a family.
この形質は優性のため,すべてのヘテロ接合体ならびにホモ接合体の人が両手に発現するはずであるが,家系図中 III-4 ( 子供に伝達しているにもかかわらず ) に発現していない。
この場合の 浸透度 は,8/9 = 88% となる。
発現度 も,
- 左手または右手だけに発現している場合,
- IV-8 では両手に発現している場合,
- III-4 では発現がない場合など様々である。
この様な遺伝子発現の変動は,他の遺伝子との相互作用,または環境における遺伝以外の要因との相互作用によるものと考えられている。
同一染色体上の遺伝子は連鎖している
ヒトの 24 本の染色体 ( 22 本の常染色体ならびに X と Y 染色体 ) 上に約 32,000 の遺伝子がある。各染色体は多くに遺伝子をもっていることになる。同一の染色体上にある遺伝子は 連鎖 linkage しているといい,これらは共に遺伝する。
Julia Bell と J.B.S. Haldane は 1936 年にヒトで最初の連鎖する例を発見した。 彼らは血友病の遺伝子と色覚異常の遺伝子が共に X 染色体上にあることを示した。 |
上図は ABO 式血液型遺伝子と爪・膝蓋骨症候群 nail-patella syndrome との連鎖を示す。B 対立遺伝子 ( IB ) とこの疾患の遺伝子が個体 I-2 で共に発現している。II 世代で,そのような連鎖を示す個体は,II-2,II-3,II-5,II-6,II-11 ならびに II-14 で,III 世代では III-1 と III-2 である。
連鎖した遺伝子は共に遺伝するはずであるが,なかには染色体対の組み換えが起こって,分離することもある。上記の例では, 2 つの遺伝子のうちの一方のみが遺伝した例が 2 例見られる ( *印の II-8 と III-3 ) 。この様に,連鎖している遺伝子の組み換えによって,染色体上の遺伝子の順序と距離を知ることができる。
組み換え頻度から遺伝子地図をつくる
遺伝子地図には,組み換えの頻度から計測された順序と距離に基づいて遺伝子が示されている( 右図 )。言い換えると,同一染色体上の遺伝子座間の組み換え頻度によって,遺伝子距離が計測されているのである。単位は組み換えの起こった割合で示し,1% の組み換え頻度があれば 1 cM ( centimorgan ) という。
染色体上の 2 つの遺伝子が離れていれば離れている程,組み換えによって分離する頻度が高くなる。逆に 2 つの遺伝子が近ければ,組み換えの頻度は低い。
[ 相同染色体上の組み換えの様子を示す 模式図 はこちら ]
上図 ( ABO 式血液型遺伝子と爪・膝蓋骨症候群 ) の例で,遺伝子間距離を計算してみよう。この例では,爪・膝蓋骨症候群の遺伝子と B 型遺伝子が分離したと考えられるのは 16 個体中 2 個体 ( II-8 と III-3 ) においてである。
したがって,この例の組み換え頻度 ( 2/16 = 0.125,12.5% ) から,両遺伝子間の距離は 12.5 cM と計算できる。
正確を期すには,大規模な調査によって多くの個体から求めるべきである。爪・膝蓋骨症候群の遺伝子と B 型遺伝子に関する大規模な家族調査の結果,両遺伝子間の距離は約 10 cM とされている。
連鎖と組み換えの計測に用いられる lod score
人類遺伝学では,常に大規模の家系調査をして,連鎖や遺伝子間距離を測定することは困難なので,lod 法という統計的な手法が考案されている。
家系調査によって得られた組み換え頻度を基に,遺伝子が連鎖している場合の確率と,連鎖していない場合の確率を求め,その比を対数で表わしたのが lod score である ( lod は log of the odds の略 ) 。
通常,lod score が 3 以上であれば連鎖を示すと考えられている。 家系調査と lod 法を用いて,ヒトの染色体のすべての遺伝子地図が作成されている。
例:ヒト第 1 染色体の遺伝子地図 |
---|
染色体地図を作成する別な方法として,組み換え DNA 技術による方法がある。[ 組み換え DNA 技術による遺伝子地図の作成についてはこちら ]
組み換え DNA 技術についてはこちら |
最初に戻る |
メニューのページへ戻る |
February 07, 2020