インプリンティング遺伝子
インプリンティング遺伝子とは,その発現が両親のいずれかによって決定される遺伝子をいう。
インプリンティング遺伝子は,ヘテロ接合体の対立遺伝子は機会均等に発現するという遺伝の法則の例外である。
遺伝の法則に合った例:
- それぞれ血液型 A 型と B 型の両親を持つ子供の血液型は AB 型になる。[ 血液型についてはこちら ]
- 両親のいずれかから A 型ヘモグロビンの遺伝子と S 型ヘモグロビン を受け継いだ子供の赤血球は 2 つの型のヘモグロビンをほぼ同等に含有する。
しかし,この規則に則らない例外がいくつかある。哺乳動物では少数 ( 現在のところ約 50 個 ) の遺伝子が インプリント されていることが分かっている。ほとんどのインプリンティング遺伝子は抑制されるので,以下のどちらかが起こる。
- 父性 paternal ( 父親から受け継いだ ) 対立遺伝子がインプリントされていると,母性 maternal ( 母親から受け継いだ ) 対立遺伝子がもっぱら発現する。
- 母性 対立遺伝子がインプリントされていると,父性 対立遺伝子がもっぱら発現する。
インプリントは配偶子形成時に始まる。すなわち,
- 男性(雄)では,特定の遺伝子が精子形成中にインプリントされる。
- 女性(雌)では,それ以外の遺伝子が卵子形成中にインプリントされる。
配偶子を形成する運命にある生殖細胞以外の子供のすべての細胞は,父親と母親から受け継いだインプリンティング遺伝子の同一のセットをもつ。生殖細胞ではすべてのインプリントが消去されている。[ “生殖細胞” ]
インプリンティング遺伝子: 3 つの例
1. Igf2
インスリン様増殖因子 insulin-like growth factor 2 をコード化する遺伝子。
ヒト ( ならびにマウス ) では,父親 ( 父性 ) から受け継がれた Igf2 遺伝子が発現し,母親から受け継いだ遺伝子は発現しない。
もし細胞内で両方の対立遺伝子が発現し始めると,その細胞は ウィルムズ癌 Wilms’ tumor と呼ばれるガン細胞に変化する。
2. Igf2r
Igf2 受容体 をコード化する遺伝子。
マウスでは,母親から受け継いだ Igf2r 遺伝子が発現し,父親からの遺伝子は発現しない。
3. XIST
女性 ( 雌 ) の細胞における X 染色体の一方を不活化状態の バー小体 Barr body に変化させる RNA をコードする遺伝子。
この過程は,女性 ( 雌 ) 胎児の細胞で無作為に起こるので,インプリントの例とはならないが,胚体外膜 ( 羊膜,胎盤ならびに臍帯を形成する ) の細胞のすべては父親由来の X 染色体が不活化されている。
これは XIST 遺伝子座のインプリンティングによって起こる。
インプリンティングの機構
インプリンティングの過程は配偶子の時に始まり,新たに胚を形成する時に不活化するよう運命づけられた対立遺伝子に ( 場合に応じて父親または母親の遺伝子に ) “印” が刻まれるのである。その “印” というのは,遺伝子の プロモーター にあるDNA の メチル化 である。
DNA のシトシンに メチルグループ が付加される。これはしばしばシトシン ( C ) とグアニン ( G ) が交互に配列した CpG アイランド CpG island と呼ばれる部位で起こる。プロモーターのメチル化によって,転写調節因子 がプロモーターに結合するのを防いでいると思われる。
遺伝子の制御についてはこちら |
メチル化がインプリンティングの シグナル であるようだが,この遺伝子を発現しないようにし続けるには, RNA の生産が必要となる。
例 1: Igf2r 遺伝子
Wutz らによって ( Nature 1997 年 10 月 16 日号 ) によって,以下のことが報告された。
母親 ( 母性 ) の遺伝子コピーには,
- メチル化されていないアクティブな上流 ( 左側 ) プロモーターがあり,
- ここに転写調節因子が結合することによって,Igf2r のメッセンジャー RNA を生産する遺伝子の センス鎖 sense strand の転写が可能となる。
- この下流には,メチル化されている CpG アイランドも認められている。
父親 ( 父性 ) の Igf2r 遺伝子のコピー ( インプリントされている ) には,
- Igf2r 転写のプロモーターがメチル化 ( 不活化 ) されている。
- しかし,下流プロモーターはメチル化されておらずアクティブなので,
- 下流プロモーターからのアンチセンス鎖の転写によって,アンチセンス RNA が生産される。これが,父親の遺伝子を発現しないように機能している。
例 2: XIST
X 染色体上の XIST 遺伝子座には,この染色体の他のすべて ( あるいはほとんどすべて ) の 遺伝子を発現しないようにして,不活性の バー小体 Barr body に変換してしまう RNA がコードされている。
インプリンティングの重要性
- 一方の親から特定の遺伝子を 2 コピー受け継いで,他の親から何も受け継いでいない個体では ( マウスで実験的に,ヒトでは偶然に ) , ( 完全なゲノムをもっていたとしても ) たいてい致命的な状況が起こる。
- 母親の遺伝子の一方を 2 コピー受け継ぎ,父親からなのも受け継いでいない個体 ( あるいはその逆も同様 ) には重大な発生上の欠陥が生じる。
- 第 15 染色体にある遺伝子の 父性 のコピーを受け継がないと,Prader-Willi 症候群 と呼ばれる遺伝病になる。
- その遺伝子の 母性 のコピーを受け継がないと Angelman 症候群 になる。
- 体細胞のインプリンティングがうまくいかないとガン化する。
- ウィルムズ癌 Wilms’ tumor と呼ばれる悪性腫瘍細胞は両親両方の Igf2 遺伝子を発現している ( 通常は父性の遺伝子のみが発現するはずである ) 。
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February 07, 2020