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キメラとモザイク


キメラ chimera とは,ギリシア神話にでてくるライオンの頭とヤギの胴とヘビの尾をもつ怪物キマイラの名にちなむもので,1916 年にウィンクラー H. Winkler がトマトとイヌホオズキの間で実験的に作りだした接木体をキメラと呼んで以来,生物学上の術語となった。

生物学ではキメラとは親が 3 個体以上 ( つまり両親のほかにもう 1 個体以上の親が ) あり, 2 種類以上の遺伝的に異なった細胞から成る生物個体を指す。 すなわち, 2 つ以上の 遺伝子型 の細胞が混じり合ってできている生物個体をいう。

なお,2 個体しか親をもたない個体においても,ある細胞が突然変異などによって 2 つ以上の異なった遺伝資質をもった細胞からなるものができることがある。これは モザイク mosaic と呼んで,キメラとは区別している。

哺乳動物では,いくつかの方法で作出されている:

キメラ

  • 2 個の接合子,または胚を 1 つに融合させる( すなわち,一卵性双子をつくる逆の過程である )。 4 個体の親をもつマウス はこの方法によって作出されたキメラである ( 融合キメラと呼ばれる ) 。
  • 胚盤胞 の時期に,内細胞塊 に別の個体の細胞を移植すると,胚盤胞は移植された細胞を受け入れてキメラが生じる( 注入キメラと呼ばれる )。

モザイク

  • 希にではあるが ヒト でも自然に生じることがある ( とくに,体外受精技術が利用された場合 )。
  • 別々の胚によって,血液が共用される場合が,ウシの二卵性双子で時々生じる。極めて希であるが,同一の胎盤を共用するヒトの二卵性双子でも観察される。この場合,各双子の血液の 幹細胞 の交換骨髄で起こり,血液に限った遺伝的モザイクが生じる。
  • 発生初期に,有糸分裂中のエラーによって,たとえば染色体異常 ( 異数性 など ) をもつ 幹細胞 が生じることがある。これから,組織や器官を占める細胞が形成される。
  • すべての女性 ( ならびに雌哺乳動物 ) は,体細胞に含まれる X 染色体のいずれかが任意に不活化するので, X 染色体上にある遺伝子のモザイクである。 [ X 染色体の不活化についてはこちら ]

4 個体の親をもつマウス

遺伝的に 2 個体の父親と 2 個体の母親( 誕生させてくれる受胚雌は含めていない )をもつマウスである。 この作出は,以下の通りである:

  • 異なる 2 頭の妊娠雌マウスから 8 細胞期胚を取り出し,培養液に移す。
  • それぞれの個体からの 2 個の胚を裸化し( 透明帯から取り出し,卵の細胞膜を露出させる ),
  • 各胚の割球が混じり合った “1 個の胚” ( 融合胚 )を構築する。
  • 培養でさらに発生させた後,融合胚を受胚雌に移植する( この雌の子宮が 着床 の準備を始めるように,予め精管結紮オスを交配させておく)。
  • 生まれたマウスは キメラ であり,たいていこれらのすべての器官が 1 組の両親由来の細胞と別の両親由来の細胞とで構成されている。

写真は上記のように作出された 4 個体の親をもつマウスで,

  • 黒い毛色の近交系マウスの両親と,
  • 白い毛色をもつ別の両親から由来している。

黒色と白色の斑紋が混じり合っているのに注意のこと。

このマウスは,白色マウスと黒色マウスを交配して生産された F1 雑種 とは全く異なる。雑種の場合,すべての細胞は同一の遺伝子型をもち,毛色も均一な茶色になるはずである。

4 人の親をもつヒト

2002 年 5 月 16 日号の The New England Journal of Medicine に掲載された Yu らによる報告によって,4 人の親をもつ女性の存在が明らかとなった。この場合,2 個ではなく,4 個の異なる配偶子から由来したと判断される。彼女が腎臓移植を受ける必要があったため,その検査でこのことが明らかとなった。

  • 組織型 が 血球 を用いて検査された。彼女は父親( “1 と 2” )から HLA 領域 の “1” を,母親( “3 と 4” )から “3” 領域を受け継いでいる。
  • 彼女には 2 人の兄弟があり,
    • 1 人は父親から “1” を,母親から “3” を受け継いでいる。
    • もう 1 人は父親から “2” を,母親から “3” を受け継いでいる。
  • 彼女の夫は “5 と 6” と判定された。
  • 彼女の 3 人の息子のうち,
    • 1 人は “1 と 6” で,期待通りであった。しかし,
    • 他の 2 人が両者とも “2 と 5” であった。彼らの “5” は父親から受け継いだものと考えられるが,”2″ はどこから生じたのであろうか?
  • 最初の考えは,彼女は彼らの実の母親ではないというものであったが,それは母親が否定した(時々父性が疑われるが,母性は疑いようがない)。
  • ヒントは他の組織型検査によって得られた。彼女の皮膚細胞,毛包,甲状腺細胞,膀胱の細胞,ならびに口腔の細胞の DNA 分析の結果,”1 と 3″ だけでなく,”2 と 4″ ももつことが明らかとなった。なぜ彼女の骨髄細胞が,”1 と 3″ の幹細胞だけをもつ例外であったのかは不明である。

これらの結果から可能性として考えられることは?

最も理屈に合う説明は,

  • 彼女の母親が同時に 2 個の卵子 を排卵し,
    • 卵子の一方は,HLA の “3” をもつ第 6 染色体を含み,
    • 他方は HLA の “4” をもっていた。
  • 彼女の父親はもちろん,”1″ を含む精子と “2” を含む精子を均等にもっていた。
    • “1” を含む精子と “3” をもつ卵子が受精し,
    • “2” を含む精子と “4” をもつ卵子が受精した。
  • その直後に,2 つの初期胚が 1 個の胚に融合した。
  • この胚が胎児に発達するにつれ,両方の細胞型が,生殖細胞も含め彼女の様々な器官を構成するのに関わった ( ただし,骨髄の血液幹細胞でだけはそうではなかった )。

彼女は,第 6 染色体上の HLA ( ならびに他の )遺伝子のモザイクであったが,彼女のすべての細胞が XX であった。父親の精子がどちらも X 染色体をもっていたことになる。

しかし,このような 4 人の親をもつヒトは性染色体のモザイクになることも知られている。すなわち,その人のある細胞は XX で,また他の細胞は XY というように。このモザイクのパターンの場合には,半陰陽 ( 同一人の性器に男女両性の要素が存在するもの ) となる。

それでは,彼女に適した腎臓提供者を見つける確率は?

第 6 染色体上の HLA 領域は主要な移植抗原,すなわち拒絶反応を引き起こす抗原をコード化する遺伝子がのっている。

臓器移植の問題についてはこちら

たいてい,彼女の場合のように両親がヘテロ接合体の場合には, 2 人の兄弟が同一の移植抗原をもっている確率は 1/4 だけである。 [説明はこちら]

しかし,この女性は 4 セットすべての移植抗原をもっているので,彼女が受容できる腎臓は彼女の母親(父親は既に他界していた)と彼女の兄弟のどちらかである。

試験の結果,彼女は兄弟または母親のどちらかの細胞に対して反応する T 細胞 が生産できないことが判明した。


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February 06, 2020

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