多型 polymorphism
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同一種の生物集団に形態やその他の形質について異なった 2 種類以上の個体が共存することを多型という。多型は遺伝的変異である。遺伝子頻度にして約 1% 以上の変異が存在するときに遺伝的多型という。
例 ( ヒト ) :
1%の切断点を設けることによって,単一家族に起こり,そして子孫に拡散する偶発突然変異を除外できる。
タンパク質多型
上記の例はすべて対立遺伝子のタンパク質産物である。これらは,以下の方法によって同定される:
- 血清学 – これは,抗体を用いて種々のタンパク質を検出する。たとえば,抗体が 赤血球の凝集 を起こす。
- 電気泳動 – タンパク質中のアミノ酸組成が変わると,正味の荷電が変化する。タンパク質はこの荷電の違いによって電場を移動する。
電気泳動の詳細についてはこちら |
酵素は多型を示すことが多い。単一の遺伝子座によってコード化されている酵素に複数の変異が認められる。この変異はアミノ酸の配列がわずかに異なり,そのため電気泳動した場合の移動度が違ってくる。酵素の基膣でゲルを処理すると,酵素の存在を確認することができる。
電気泳動の例
15 匹の緑アマガエル ( Hyla cinerea ) の組織抽出液の電気泳動によって,酵素 アコニターゼ( クエン酸回路 の酵素のうちの 1 つ ) の 4 つの対立遺伝子による変異が明らかになった。それらの酵素が移動する速度によって 4 つの対立遺伝子が識別できる:
- Fast ( F )
- moderately fast ( E )
- medium ( M )
- slow ( S )
その結果:
- 8 匹のカエル ( #2, 3, 4, 6, 7, 9, 12, ならびに 14 ) が対立遺伝子 M の ホモ接合体 。
- カエル #8 は対立遺伝子 E のホモ接合体。
- 3 匹のカエル ( #1, 11, 15 ) は対立遺伝子 M と S の ヘテロ接合体 。
- 2 匹は ( #5, 13 ) M と E のヘテロ接合体。
- カエル #10 は M と F のヘテロ接合体。
集団の中にみられる酵素の電気泳動的変異は アロザイム allozymes と呼ばれる。もともと同じ遺伝子に起源を持ちながら突然変異によって塩基が置換され酵素機能に影響が無いものの構造がわずかに異なる酵素をいう。
異なる遺伝子座の遺伝子にコードされ,構造も違うタンパク質であるのに,同じ酵素活性を示す アイソザイム isozyme とは区別される。
制限断片長多型 Restriction Fragment Length Polymorphism ( RFLP )
タンパク質は遺伝子産物なので,多型を示すということは対立遺伝子産物の違い,すなわち 対立遺伝子DNA における違いを反映している。
制限酵素 によりDNA が切断される部位が,同一種内の個体間で異なる場合がある(これを多型を示すという)。ゲノムDNAを制限酵素によって消化(切断)すると,個体間のDNA配列の差によりいろいろな長さのDNA断片が生じるので,これらの変化を電気泳動法によって検出することが可能となる。
RFLP の詳細については別に述べる。 |
ほとんど 注) のRFLPは遺伝子のヌクレオチドが一個変化したことで生じる場合が多いので,一塩基変異多型(Single Nucleotide Polymorphism, SNP )と呼ばれる。
注) ,欠失によって生じるRFLPの例も知られている。
一塩基変異多型 Single Nucleotide Polymorphism ( SNP )
DNA 塩基配列決定法が開発されたことにより,集団の構成員 ( あるいはヘテロ接合体の個体 ) から得た遺伝子の塩基配列を分析することによって,遺伝子の対立変異を検出するのが容易になった。対立遺伝子の塩基配列が単一のヌクレオチドの変異による場合を 一塩基変異多型 SNP と呼んでいる。
- SNP が遺伝子の非翻訳領域で変異が起こっても,この場合は遺伝子産物では差がみられない。
- SNP があっても,制限酵素による切断部位は変化しない場合には,RFLP 分析では変異が検出できない。2005 年10月現在で,ヒトゲノム上に 1,000,000 個以上の SNP が同定されている。
コピー数多型 Copy Number Polymorphism (CNP)
2 倍体生物の場合は,一般に 1 つの遺伝子に対して父親由来と母親由来の 2 コピーを持つ。しかし,中には,欠損して1 コピーになったり,重複して3 コピー以上になったりするような遺伝子も存在する。
このように,個体によってコピー数が異なる遺伝子,正確には,個体によってコピー数が異なる DNA 領域のことを 遺伝子コピー数変異 (copy number variation,CNV)と呼ぶ。
CNV の長さは多様であり,300 bp と 6 kb 前後の CNV が最もよく見られる。
平均で,個人間の変異で11コピーも異なる場合がある。ほとんどの染色体で1個以上見つかっているが,十分な解析はこれからである。
ほとんどのDNAは非翻訳領域からなるが,機能的な遺伝子はこれらの領域のあちこちに埋め込まれている。
たとえば,デンプンを消化する酵素である唾液アミラーゼをコードしている遺伝子 AMY1 が遺伝子コピー数変異を示す良い例である。
ヒト集団を高デンプン色集団と低デンプン色集団に分けると,
- 高デンプン集団(すなわち,多くのアメリカ人や日本人)は平均7コピーの遺伝子AMY1を持っていた。
- 低デンプン集団(すなわち,酪農食品や魚を多く接種するシベリアの遊牧民)はこの遺伝子を平均で5コピーもつだけであった。
遺伝子AMY1 の場合,コピー数が多いほどアミラーゼ活性が高く,相関した。
人類における常染色体上の遺伝子のコピー数がどのように適応して変化したのかは不明である。(ただし,女性が2本のX染色体上の遺伝子活性を,1本しかもたない男性の遺伝子活性と釣り合わせる仕組みとは別である。)
多型はどう利用されているのか?
多型の分析は,次の場合に有用である:
- 臓器移植前の 組織適合試験
- 病原遺伝子の検索 – たとえば,ハンチントン病の遺伝子が特定の RFLP と連鎖していることが分かっている。
RFLP の詳細についてはこちら - 集団の研究においては,
- 集団における遺伝子の多様性の程度を評価する。
- 上述のカエルの集団では,ホモ接合体に比べヘテロ接合体のカエルの繁殖率が高い。
- ゾウアザラシやチータにおける多型の研究によって,とれらの動物はほとんど,または全く多型を示さないことが判明している。[ 詳細についてはこちら ]
- 2 つの集団が異なる種なのか同一種内に属するのかを決定する。これは絶滅危険種を保護する場合に重要となる。
- 特定の種の移動 ( 移住 ) パターンを解析する ( たとえば,クジラ ) 。
- 集団における遺伝子の多様性の程度を評価する。
多型はどのように生じて維持されるのか?
突然変異によって生じる。
しかしなぜ集団に残るのか?
集団内に多型が維持されるにはいくつかの要因がある。
創始者効果 Founder Effect
ある集団が極めて少数の個体から始まったとすると,特定の対立遺伝子も少数で,それらが子孫の多くに受け継がれる。
1680 年代,Ariaantje と Gerrit Jansz はオランダから南アフリカへ移住した。彼らのどちらかが,代謝病の 1 種ポルフィリン症の対立遺伝子をもっていた。
今日,30,000 人以上の南アフリカ人がこの対立遺伝子をもち,追跡検査されたすべての例がこの 2 人に由来していた。
これは典型的な創始者効果の例である。
遺伝的浮動 Genetic Drift
対立遺伝子は単に偶然によって出現頻度が増加したり,減少したりすることがある。集団のすべての構成員が親になるとは限らないし,すべての親が同数の産子をもうけるとも限らない。
この影響は,遺伝的浮動と呼ばれ,以下の状況ではとくに影響が大きくなる:
- 集団が小さい場合 ( たとえば,繁殖ペアが 100 対以下の場合 ) ,
- 遺伝子が中立の場合,すなわち,淘汰に対する有利不利という差がほとんどない場合
最終的に,集団全体がホモ接合体になるか,その対立遺伝子が消失するが,それまで対立遺伝子の多型はみられる。
遺伝的浮動のために多型が減少した 2 つの例を示す:
- 太平洋岸における北洋 ゾウアザラシ の捕獲のために,1900 年までにその集団が 20 頭にまで激減した。捕獲を禁止したため,頭数は今日約 100,000 頭にまで回復した。しかし,これらの動物の調査された遺伝子座のすべてがホモ接合体である。
- 陸生動物の中で最も速い チータは,遺伝的浮動はあるものの,小さな集団で長い期間を過ごしてきたようである。52 個の遺伝子座について検査したところ,いかなる多型も認められなかった。52個の遺伝子座のすべてがホモ接合体である。
遺伝的変異がないということは,お互いに皮膚移植をしても ( 一卵性双子や近交系マウスのように ) 受容できるほど深刻である。このような遺伝的多様性がほとんどない集団が,変化する環境に順応し続けることが可能であるかどうかは,監視し続けていかなければならない。
自然選択 Natural Selection
コピー数多型 Copy Number Polymorphism
ヒトの集団間でAMY1遺伝子のコピー数に変異が見られるのは,食事に含まれるデンプン含有量における差に対する自然選択圧による違いであると考えられる。 [前項参照].
平衡多型 Balanced Polymorphism
プラスモジウム Plasmodium falciparum によってマラリアが発症する地域(たとえば,アフリカの一部 ) では,鎌形赤血球ヘモグロビンも多くみられる。 これは,子供が次の遺伝子を受け継ぐためである:
- ヘモグロビンの “正常” なベータ鎖の遺伝子 1 個と,
- 鎌形赤血球の遺伝子 1 個
すなわち,どちらかのホモ接合体より生存に適しているようである。
- 鎌形赤血球遺伝子をホモでもつ子供は鎌形赤血球貧血で早死にする。しかし,
- 「正常」なベータ鎖をホモでもつ子供は,ヘテロ接合体の子供に比べ 熱帯熱マラリア falciparum malaria に対する感受性が高く,死亡する場合が多い。
したがって,マラリアの常在地では鎌形赤血球の遺伝子の頻度が高い。
鎌形赤血球症の DNA 検査についてはこちら |
ヘテロ接合体がいずれのホモ接合体よりも自然淘汰に有利で,2 個の対立遺伝子が環境の変動がないかぎり安定して共存し続ける場合,これを 平衡多型 balanced polymorphism という。
ホモ接合体の時に有害であっても,この対立遺伝子が存続するのである。
もう一つの例:プリオンタンパク質 prion proteins
プリオン蛋白遺伝子のコドン129とコドン219には正常多型があり,人によってその遺伝子型は異なる。
コドン129にはメチオニン(M)とバリン(V)の多型がみられ,M/M,M/V,V/Vいずれかの遺伝子型をとる。
どちらかがホモであると,プリオン病への感染性が増す。ヘテロ接合(129M/Vあるいは219E/K)の人はホモ接合の人よりもプリオン病に罹りにくいことが分かっている。
20世紀前半に起きたクールー病の異常発生時の生存者の調査により,76.7%がヘテロ接合体であったことが判明している。下表には生存者と健常者の遺伝子頻度を示している。
MM | MV | VV | |
生存者 | 0.133 | 0.767 | 0.100 |
未経験者(健常者) | 0.221 | 0.514 | 0.264 |
Mはメチオニンをコードしている対立遺伝子; Vはバリンをコードしている対立遺伝子である。
表から,健常者はハーディ・ワインベルグの平衡にほぼ達しているが,クールー病発生後の生存者の方は大きく平衡から外れているのが見て取れる。
やはり,自然選択によってホモ接合体よりヘテロ接合体が有利に働いたようである。
コドン219は日本人を含むアジア系の人にみられるグルタミン酸(E)とリジン(K)の多型で,日本人ではE/Eホモ接合の遺伝子型が9割近く,E/Kヘテロ接合が1割強となっています(欧米人はほぼすべてE/Eホモ接合です)。
コドン129あるいはコドン219においてヘテロ接合(129M/Vあるいは219E/K)の人はホモ接合の人よりもプリオン病に罹りにくいことが分かっている。
自然選択と性選択 Natural vs. Sexual Selection
ヒルタ島はスコットランドの北西の海岸沖で、北大西洋ノース・ウイスト島の64km西北西にあるセント・キルダ群島の一つである。
1932年に家畜化されたヒツジ(Ovis aries) 107頭がソアイの近隣の島からヒルタ島に導入された。
それ以来,これらのヒツジは野放しで繁殖して,1985年以降は詳しく調査された。 ヒツジは有角でオスではメスを得るための競争に重要な役割があった。
角の大きさは単一遺伝子座 RXFP2 にある2つの対立遺伝子,Ho+とHoP によって支配されていた。
- ホモ接合体 Ho+Ho+ のオスは最も大きな角をもち、より多くの子供たちを生ませるが、生存期間が短かった。
- ホモ接合体 HoPHoP のオスはより小さな角(瘢痕と呼ばれる痕跡角程度)を備えている。 これらのオスはメスとの交尾の機会は少なかったが,生存期間は長かった。
- ヘテロ接合体 Ho+HoP のオスは, Ho+Ho+ のオスと同じ程度に交配の機会をもち,HoPHoP のオスと同じ程度に生存した。
結局のところ,ヘテロ接合体はいずれのホモ接合体よりも全体的に適合していた。すなわち,平衡多型のもう一つの例である。
一つの遺伝子座上における,生存に関する「自然選択」と生殖の成功率に関する「性選択」の対立する効果の間の妥協点が選ばれたものである。
これらの知見は, Johnston ら(2013)(Nature 502: 93-95)を参照のこと。
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March 04, 2020