制限断片長多型 Restriction Fragment Length Polymorphism ( RFLP )
制限酵素 restriction enzyme は DNA を特定の部位で切断する:
- いろいろな長さに切断した DNA 断片を調整する。
- 電気泳動 によって分離できる。小さな断片は大きな断片より早く移動する。
- 以下のような分子をプローブとして用いると,複数の断片が視覚化できる。
- 切断した断片の塩基配列と相補的な配列をもつ 1 本鎖 DNA で,
- これに放射線または蛍光の標識をつける。
このプローブが試料中に相補的な配列を見つけると,その部分と 塩基対 を形成するので,同定が可能となる。
polymorphism
多型 とは,同一種の生物集団に形態やその他の遺伝的形質について異なった 2 種類以上の個体が共存することをいう。
RFLP によって,以下のようのいろいろな情報が得られる:
- 有害な影響を及ばす可能性のある遺伝子をヒト DNA 中において検査する。( “Case 1” )
- DNA “フィンガープリント” ( 指紋法 ) によって,被疑者の無罪の証拠や有罪の可能性を提示する。 ( “Case 3” )
Case 1: 鎌形赤血球症の DNA 検査

鎌形赤血球貧血は,ヘモグロビン ヘモグロビン hemoglobin 分子のベータ鎖 ( betaS ) の 6 番目のアミノ酸としてバリン valine ( Val ) をコードする遺伝子をもつために起こる遺伝病である。 “正常” なベータ鎖 ( betaA ) では グルタミン酸 glutamic acid のはずである。両遺伝子は,6 番目の コドン codon における 2 番目の塩基の A が T に置換したことが違うだけである。
この置換で,
- GAG コドン ( グルタミン酸 ) が GTG コドン ( バリン )に変換したために,
- ある種の制限酵素によって認識され ( コドン 5,6,7 の配列 CTGAGG ) ,切断される塩基配列がなくなってしまう。

正常 な遺伝子 ( betaA ) がこの酵素で切断され,電気泳動によって分離され場合に,プローブが短い 断片( 図では赤矢印の間)に結合する。しかし,この酵素は 鎌型赤血球遺伝子 を切断できないので,プローブははるかに大きな断片(図では青矢印の間) に結合する。
上の図(from data provided by S. E. Antonarakis)は,息子(赤色四角で示す)だけが鎌型赤血球貧血を発症している家族の系図を示す。父親と母親が ヘテロ接合体 ( それぞれ,半分塗りつぶしの四角と円で示す)であったことに起因する。
各家族構成員の電気泳動パターンがその下に示されている。2 人の ホモ接合体 の子供( 家系図の1 と 3) が 1 本のバンドをもち,DNA 量 2 倍と多いためバンドも濃く現れる。
これは,単一のヌクレオチドの変化が制限断片長多型( RFLP )を示す典型的な例である。とくにこの場合を,一塩基変異多型 single nucleotide polymorphism( SNP)とも呼ぶ。
どのような利用が考えられるだろうか?
DNA を調べることによって,遺伝子型が判明し,将来遺伝病をもつ子供が生まれる確率も分かる。
鎌形赤血球貧血の例では,両親がどちらもヘテロ接合体の時,この遺伝病に冒された子供が生まれる確率は 4 分の 1 である。
- 羊水穿刺 amniocentesis や
- 絨毛生検 chorionic villus sampling ( それぞれ,母体から羊水や絨毛膜の一部を取る出生前検査 ) によって,
妊娠早期の胎児 DNA に対しこの技術を利用し,両親は生まれる前の子供が遺伝病になる可能性があるのかないのかを知ることができる。両親は,遺伝病で苦しむ子供を生むより,むしろ妊娠中絶を受けるほうを選ぶかもしれない。
これに関する問題点がある:
- ヒト遺伝病を起こすほとんどの突然変異は,鎌形赤血球貧血のような単一塩基突然変異の様な単純なものばかりではない。
たとえば, 嚢胞性線維症 cystic fibrosis の遺伝子では膨大な数の突然変異のタイプが知られている。1 つのタイプに対するプローブだけでは別のタイプの突然変異を同定できない。プローブを混合して,使用することもある。しかし,依然として “偽陰性” の可能性が残る。 - 表現型の発現に共に関係する複数の突然変異が原因の遺伝病も多い。
- まだ発見されていない遺伝子による遺伝病もある。
この遺伝子が同定され,クローンされ,塩基配列が決定されるまで,この遺伝子を直接検出できない。しかし,遺伝的マーカー を利用できる可能性がある。これは遺伝子本体の目印として用いられる方法である。以下にその例を示す。
Case 2: 遺伝子マーカーの探索
特定の RFLP が特定の遺伝病に関連があるとすると,これを調べることによって遺伝病を発症したり遺伝してしまう危険性を知ることができる。遺伝子本体の近傍に利用しやすい RFLP があれば,遺伝子の代わりにこれを利用できる。しかし,検査を望んでいる人たちには,必ずしもこれは容易ではない。
乗り換え があるために,特定の RFLP が,ある人では突然変異遺伝子に関連し,他の人では正常な対立遺伝子と関連をもつことがある。したがって,患者だけではなく,できるだけ多くのその家族構成員も検査する必要がある。
このような分析で最も有用なプローブは,たとえばゲノムに 1 ヵ所しかないような独特の DNA 配列をもつことである。もしあったとしても,このような DNA は機能が不明のことが多い。この DNA がその人にとって(害がなく) 変異が大きいほど有用である。
このプローブを,いろいろな人のいろいろな長さの切断 DNA と結合( ハイブリダイズ )させる。つまり,制限酵素が切断する部位は各人が受け継いだ DNA の配列によって変わる。このような対立遺伝子の多くの変異,すなわち 多型 が集団に存在する。ある人は ホモ接合体 で,単一のバンドを示し,他の人は ヘテロ接合体 で複数のバンドを示す。ある家系のすべての構成員の例を下に示す。

家系図は,一家族の 3 世代にわたる RFLP マーカーの遺伝を示す。合計 8 つの対立遺伝子(バンドの左側に番号つけた) が,家族に認められ,各構成員の RFLP (対立遺伝子番号)を記号(男性は正方形,女性は円形)の下に示した。
例えば,RFLP 2 を受け継いだすべての人がある遺伝病を受け継いでおり,RFLP 2 をもたない人は遺伝病を受け継いでいないことから,この遺伝病の遺伝子は RPLF 2 に連鎖していると推定される。両親がもう一人子供をもとうとするなら,出生前診断で子供がこの遺伝病をもっているかどうかを判定できる。
しかし,配偶子形成中に乗り換えが起こることに注意しなければならない。したがって,RFLP と遺伝子座が離れているほど,正確な診断の確率は低くなる。
Case 3: DNA “フィンガープリント”
ヒトはそれぞれ 6 x 109 塩基の DNA をもつ。これらのうちのあるものはタンパク質をコードする遺伝子(たとえば,ヘモグロビンのベータ鎖など)であり,大部分の人は同じものをもつ。それ以外の DNA の長い配列部分は何もコードしていない,多くの変異をもつ部分である。 一卵性双子でない限り DNA 配列が全く同じであることはあり得ない。
このため,個人を特定する DNA 指紋 としても利用されている。
- 犯罪に関わる容疑者の特定
- 親子鑑定,すなわち子供の実の父親は誰かといった場合
- 期待に満ちて移住して来た人が,既に定住している人の近親者どうかの鑑定

右図はある犯罪における検査結果である。
以下の状況で得られたDNA が検査された:
- 被害者の体内に残された犯人の体液(EVIDENCE #2)
- 被害者の衣服に付着していた犯人の体液(EVIDENCE #1)
- 被害者自身の DNA ( VICTIM )
残された DNA が被害者のものではないことを確認するため。 - 2 人の容疑者の DNA(SUSPECT #1, SUSPECT #2)
- 既知の長さの DNA 断片のマーカーセット,比較用に用いられる(MARKER)
これにより,DNA 断片の移動の距離から大きさが推定できる。 - 以前に検査された人の細胞(CONTROL)
プローブが適正に働いているかを確認するために加えられた。
その結果,suspect #2 は明らかに除外できる。どのバンドも,現場に残されたものとは一致しない。
suspect #1 が犯人か?
それは確定できない。まず,任意に選んだ人が同一の DNA 指紋をもつ確率を計算する。
控えめに見積もって,この対立遺伝子( バンド )が検査した人に認められるのは 25% とする。2 つの対立遺伝子が一致する確率は ( 0.25 )2 , 1/16 である。この事例のように,6 個の対立遺伝子が一致する確率は ( 0.25 )6 ,1/4096 である。
容疑者は任意に連れてきたのではないので,犯人である可能性が高い。
もっと多くのプローブが使われれば,確率はもっと高くなる。たとえば,前の例で 14 本のバンドが一致したとすると,その確率は ( 0.25 )14 = 1/268,435,456 となる。
1999 年以降,英国と米国の当局は新しい RFLP 分析に切り替え始めた(これは Short Tandem Repeat, STR 法と呼ばれる – ショート縦列反復法)。
STR はたいてい 4 種の反復塩基配列,たとえば TCATTCATTCATTCAT である。これらはある遺伝子の翻訳されない領域に認められている。人によって,反復数が異なる(たとえば,6, 7, 8, 9, など)。 異なる遺伝子座に点在する 13 種類の STR を用いると,任意の二人の人間が同一のパターンを示す確率は,1 兆分の 1 以下となる。米国連邦捜査局(FBI)では,さらに精度を上げようとしていて 20 個まで STR の遺伝子座を増やそうとしている。 |
March 24, 2020