このページの内容 |
一酸化窒素 (NO)
一酸化窒素は無色の気体である。非常に反応性が高く,多くの化学反応に関わる。 自動車排気ガスの 窒素酸化物 ( “NOx” ) の 1 種で,光化学スモッグ を生成する要因でもある。
しかし, NO はいろいろな生理的機能ももっている。
その特徴は以下の通り:
- NO は細胞内で,酵素 NO シンターゼ ( NOS ) によって合成される。
- ヒト ( ならびにマウス ) のゲノムは NO シンターゼをコード化する 3 種類の遺伝子をもつ。
- nNOS ( または NOS-1 ): ニューロン neuron で認められる ( したがって, “n” ) 。
- iNOS ( または NOS-2 ): マクロファージで認められる ( “inducible” の “i” )。 nNOS と eNOS のレベルは比較的安定しているが,iNOS 遺伝子の発現は適切な刺激に対応して起こる( たとえば,寄生虫の摂取など )。
- eNOS ( または NOS-3 ): 血管内腔に配列する内皮細胞 endothelial cell で認められる ( したがって, “e” ) 。
- すべての NO シンターゼ ( NOS )は酸素と NADPH を用いてアルギニンから生成する。
- NO は細胞膜を自由に拡散して通過する。
- 他の非常に多くの分子と反応するので,生成された部位付近で急速に消費されてしまう。
- このように, NO は パラクリン ( 傍分泌 ) によって,あるいは 自己分泌 によっても作用する。すなわち,合成部位付近の細胞に影響を与える。
血流(量)
NO は小動脈壁の 平滑筋 を弛緩させる。各収縮期で,血管の内側に並んでいる内皮細胞が NO を一過性に放出する。 これが拡散して浸透し平滑筋を弛緩させ,これによって血液が大量に通過しやすくなる。内皮細胞に見られるNO シンターゼ ( eNOS ) 遺伝子を “ノックアウト” させたマウスは高血圧症を発病する。
狭心症の痛みに対して処方されるニトログリセリンは,NO を産生することによって冠動脈壁や小動脈壁を弛緩させるように作用している。
NO の生物学的な役割について明らかにした 3 人の先駆者に1998年度のノーベル賞が贈られた。そのうちの 1 人, Ferid Murad はニトログリセリンが NO を放出させることで作用することを見出して栄光に輝いた。Alfred Nobel の巨万の富はニトログリセリンからダイナマイトをつくる発明によって得られたものなので,これはとりわけふさわしい授賞なのかもしれない。 |
NO は血小板の凝集を抑制する。そのため,血栓などで血流が妨害されないようにしている。
腎臓機能
腎臓の糸球体周囲でNO が放出されることによって,内部の血流の増大と濾過速度や尿生成速度が増大する。
男性生殖器
性的興奮による男性生殖器の変化には,陰茎の血管に近い神経終末から放された NO が関与する。
最近評判の薬,バイアグラ ( sildenafil citrate ) は NO の分解を抑制する作用がある。
生殖における NO の役割はこれだけではなく,受精時に,精子の 先体 によって放出された NO が卵を活性化して 第 2 減数分裂 が完了し,受精の次の変化が起こることが示されている。
平滑筋に対する他の作用
蠕動 Peristalsis
消化管における波状の運動は管壁の平滑筋に対する NO の弛緩効果によって支援されている。
分娩
また,NO は子宮の平滑筋壁の収縮を抑制している。 分娩 が近づいた時に,NO の生産が減少する。
ニトログリセリンが早産の危険がある女性に満期まで妊娠を継続させるのに効果を発揮する。
分泌への影響
NO は内分泌腺からの分泌にも影響を与える。
たとえば,NO は以下の分泌を刺激する:
- 視床下部からの ゴナドトロピン分泌促進ホルモン ( GnRH ) の放出
- 膵臓の外分泌腺からの膵アミラーゼの放出
- 副腎髄質からのアドレナリンの放出
NO と神経系
NO と自律神経系
自律神経系の副交感神経の運動ニューロンのあるものは神経伝達物質として NO を放出する。男性生殖器と蠕動に対する NO の作用はおそらくこれあの神経系によって仲介される。
NO と延髄
ヘモグロビンは酸素を運搬するのと同時に NO も輸送する。 [ ヘモグロビンの作用についてはこちら ]
ヘモグロビンが組織に酸素を供給する時,NO も引き渡している。
ひどい脱酸素状態の時には,延髄の NO 感受性細胞が呼吸速度や呼吸の深さを増大させて,この放出に関与する。
NO と脳
実験動物 ( マウスとラット ) では, NO が海馬の CA1 領域におけるニューロンによって放出され, NMDA 受容体を刺激する。これは,長期電位,すなわちある種の記憶 ( ならびに学習 ) に反応する部分である。
NO が生成されたシナプスから容易に遊離して拡散するので,近くのシナプスにも影響を与える。これによって,局所的な作用として始まった刺激が増幅されるようになる。
NOS 合成の抑制剤で処理されたラットは,条件反射のような学習反応を習得できない。
nNOS 遺伝子をノックアウトされたマウスは健康であるが,行動異常を示す ( たとえば,他の雄を殺したり,許容しない雌に交配しようとする ) 。
NO と受精
精子の頭部先端にある “先体” は,精子が卵子に侵入する時に NO 合成を活性化する。これによって放出された NO が卵子における受精後の次の段階に進行するのに重要な働きをしている。
ウニでは,以下の過程に関与している:
- 多精子侵入の抑止
- 融合のための前核移動
[ 受精についてはこちら ]
病原体への攻撃
NO は, マクロファージ の リソソーム 内に 取り込まれた病原体 ( たとえば,細菌 )を殺すのに役立つ。
マクロファージに認められているNO 合成に関わる ( iNOS ) 遺伝子をノックアウトされたマウスは,Listeria monocytogene ( リステリア菌,回旋病を引き起こす )のような細菌に感染しやすくなる。
侵入菌に対して炎症反応が起こるように働く Th1 細胞は NO を分泌する。
我々の喉の後ろに共生菌として生きている無害なバクテリアは,我々の食品中の硝酸塩を亜硝酸化合物に変換する。これらが胃に達する場合,酸性胃液 ( pH ~1.4 ) によってそれらから NO が生成される。この NO は,たべものと一緒に呑み込まれた細菌をほとんどすべて殺す。
( 古来より,亜硝酸化合物は肉を細菌から護るために利用されている。)
NO 作用機序
NO のシグナル機能は細胞上のあるいは細胞内のタンパク質受容体に結合することで開始する。結合の部位は,以下のいずれかである:
- タンパク質内の金属イオン,または
- そのイオウ原子の 1 つ ( たとえば, システイン 上 )
いずれの場合でも,それらの結合によってタンパク質の アロステリック 変化が起こり,これが細胞内の “セカンド・メッセンジャー” を形成する引き金となる。NO の標的としているタンパク質はグアニリル・シクラーゼ,すなわちセカンド・メッセンジャー サイクリック GMP ( cGMP ) を生成する酵素であろう。
NO と生物発光体
ホタルも NO を用いて発光している。
- 発光細胞は 毛細気管 末端にある細胞の近くにある。
- これらの細胞は 一酸化窒素シンターゼ ( NOS ) を含んでいる( これは,アルギニンから NO を放出させる酵素 )。
- 神経インパルスが NO 放出を活性化する。
- NO が発光細胞に拡散して入り込み,ミトコンドリアの細胞呼吸を抑制する( おそらく シトクローム c 酸化酵素 が抑制される ) 。
- 細胞呼吸が抑制されると,細胞内の酸素量が増加する。
- これが, ペルオキシソーム 内の発光産物のスイッチを入れる。ペルオキシソームには, ルシフェラーゼ ( 発光酵素 ) とルシフェリン-ATP ( ATP は発光前に生成されている )が含まれる。
- NO の速い分解のために,発光時間も非常に短時間に終わる。
植物も NO を利用する
植物はも,病原体の侵入に対する武器として NO を利用する。植物の感染によって,NOS の形成が促進される。( 植物でも NO はアルギニンからつくられる。)
感染細胞による NO の放出によって,多様な防衛反応が生じ,セカンド・メッセンジャーの cGMP の働きで,遺伝子転写の増強も起こる。
最初に戻る |
メニューのページへ戻る |
February 07, 2020