養鶏平飼い 広がる? ストレス軽く 卵価格は高く 「動物福祉」農水省調査へ
2021.06.22
家畜を快適な環境下に置き、ストレスを減らすアニマルウェルフェア(AW、動物福祉)に配慮した採卵鶏の飼育法が注目されている。AWは、吉川貴盛・元農相への贈賄罪で在宅起訴された養鶏業者が義務化に強く反対。事件の教訓を踏まえ、農林水産省は、AWの推進に向けて本腰を入れ始めた。(今泉遼)
■自由に行動
エサを食べ、止まり木で休み、自由に運動する——。埼玉県寄居町の丸一養鶏場では、AWに配慮した採卵鶏の平飼いが行われている。バスケットコート2面分の広さの飼育施設が2棟あり、計約2万羽がエサ場、休息、産卵、運動の各エリアを自由に行き来する。
一柳(いちやなぎ)憲隆社長(49)は1990年代に欧州で平飼い鶏舎を視察した際、鶏が人懐こく近寄ってきたことに衝撃を受けた。数羽ずつかごに入れて飼育する自社の「ケージ飼い」では、鶏が興奮して騒ぎ出すのが常で、それが鶏の習性だと考えていた。「ストレスの少ない環境で育てたい」。2002年に平飼いを始めた。
ネックは値段の高さだ。平飼い卵の店頭価格は1個50円程度と、ケージ飼いに比べて2倍ほど高い。一柳さんは「味や栄養価はケージ飼いとほぼ変わらず、お客には違いがわかりづらい。平飼いだけでは経営が成り立たない」としてケージ飼いも続けている。
■売れ筋商品
大手鶏卵会社「アキタフーズ」前代表が吉川元農相に現金500万円を渡したとされる贈収賄事件では、賄賂はAWに配慮した国際獣疫事務局(OIE)の指針案に元農相が反対意見を取りまとめたことなどへの謝礼だったとされている。
国内の養鶏場は9割超がケージ飼いだ。農水省などによると、ケージ飼いは鶏同士の闘争が抑制でき、鶏とフンの接触が少なく衛生的という。平飼いは鶏の行動が制約されない利点がある一方で、卵にフンなどが付きやすく、品質管理が難しい。鶏舎もケージ飼いの4倍の広さが必要になる。
養鶏農家らでつくる日本養鶏協会の浅木仁志専務理事は「AWの観点は重要だが、日本には生卵を食べる習慣があり、他国と同列には論じられない」と語る。
一方、平飼い卵のみを取り扱う食品販売会社「こだわりや」(東京)の藤田友紀子専務は「家畜の健康を重要視する客は一定数おり、卵は売れ筋商品だ。もっと多くの人に平飼いが評価されるようになってほしい」と話す。
贈収賄事件の影響を検証した農水省の第三者委員会は今月3日、AWのあり方を議論する国の協議会のメンバーに生産者以外の事業者が少ないと指摘し、「最新の科学的知見や国際的動向も踏まえ、より幅広い視点で検討すべきだ」と注文をつけた。
これを受け、農水省は今年度から、流通や小売事業者らを対象にAWに関する需要調査を行うとともに、幅広い分野の関係者を集めて意見交換する場を新設する。農水省の担当者は「卵価が多少高くなっても買ってもらえるのか、消費の動向を把握しつつ、日本の実情に合ったAWのあり方を模索したい」としている。
◆「ケージ式」欧州は低水準
国際鶏卵委員会の調査によると、2019年時点のケージ飼いの割合は、インドが100%、メキシコ99%、日本94%などアジアや中南米で高い一方、AWの取り組みが先行する欧州の国々は低い水準だった。
OIEは今年5月の総会で、巣箱や止まり木の設置などAWに配慮した飼育法を推奨する指針案を提案したが、反対が相次ぎ、3分の2の賛成を得られず採択されなかった。
ケージ飼いの卵を使わない宣言を行う企業も増えている。家畜擁護団体「ザ・ヒューメイン・リーグ・ジャパン」によると、宣言した企業は20年末時点で世界で2004社あり、国内でも食品大手のネスレ日本(神戸市)など46社に上る。
大木茂・麻布大教授(畜産経済学)の話「AWに基づいた飼育法は今後、世界的な潮流になるとみられ、日本も取り残されないよう危機感を持つべきだ。畜産物は農作物と比べて生産過程が見えにくい。国や養鶏業界は、消費者がAWの視点で商品を選べるよう飼育方法を丁寧に周知する必要がある」



《読売新聞 2021/06/22 より引用》