[WATCHERS]農林水産物 攻めの輸出期待 石塚哉史氏
2021.08.11
◎WATCHERS(ウォッチャーズ) 専門家の経済講座
◇弘前大農学生命科学部教授

◆農家増収 地域を活性化
この10年ほどで農林水産物や食品の輸出額は大きく伸び、世界で日本産食品への関心が高まっています。国内市場の飛躍的な拡大が見込めない中、輸出への期待は大きく、持続的に伸ばすことを考えなければいけません。品目や輸出相手国・地域に偏りのある限定的な「点的」輸出から、「面的」輸出に転換すべき段階に差しかかっています。
政府が2007年、農林水産物・食品の輸出を成長戦略と位置づけ、年間輸出額の目標を1兆円と掲げたのを機に、輸出促進の機運が高まりました。
軌道に乗り始めたのは東日本大震災(11年)の後の13年からです。
16年には1兆円達成に向けた工程表をまとめた「農林水産業の輸出力強化戦略」が策定され、翌年には海外売り込みを担う「日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)」が日本貿易振興機構(ジェトロ)に設置されるなど、積極的な取り組みが進められてきました。
農林水産物・食品の輸出拡大で期待されているメリットとして、第一に、販路拡大に伴う所得向上と、国内価格が下落した際のリスク軽減といった直接的な効果があります。
日本国内の食品流通は、大きな販売力を持つスーパーなど小売り側が、価格や販売方法の設定で優位な立場にあります。農産物の輸出が増えれば、農家にとって新たな売り先ができ、国内での販売条件も今より有利にできる可能性が高まります。実際に、北海道のナガイモ農家には、輸出に力を入れ始めてから収入が増えた人もいます。
第二のメリットとして、日本産品のブランドイメージ向上や、農業経営の意識改革による地域経済活性化などがあります。いわば間接的な効果です。
さらに、輸出拡大で国内生産量が増加すれば、食料自給率の向上や輸入超過になっている農産物輸出入バランスの改善、世界各国・地域への対日理解の醸成という波及効果も見込まれます。
◆販路拡大ノウハウ不足
ただ、幾度も達成目標時期を変更しているにもかかわらず、未達成なことは気がかりです。円高や福島第一原子力発電所事故に伴う一部の国・地域での日本産への輸入規制もあり、1兆円は実現していません。
直近の20年の輸出実績は、8年連続で過去最高を更新したとはいえ、9217億円でした。
内訳を見ると、加工食品が最多の40%程度を占める一方、和牛などの畜産品は約8%、果実・野菜は約5%にとどまります。加工食品に依存しているのが実情です。
加工食品の主力品目は、日本酒以外は輸入原材料への依存度が高く、輸出による国内生産量の大幅な増加や輸出入バランスの改善という展開をあまり期待できません。日本の農林水産物の貿易収支は、8兆円前後の輸入超過が続いています。産地や農家を活性化させるという観点からも、果物や野菜など生鮮品の輸出割合を増やすことが重要です。
主要輸出先は、香港、中国、台湾で約半数を維持しており、中華圏が重要な市場であると言えます。注意が必要なのは、最大の輸出先の香港は、人口が約750万人と日本よりも少なく、日本産の消費の中心は富裕層に限られている点です。香港はほぼ飽和状態に近づいており、新たな販路として経済成長が著しい東南アジアの富裕層市場が期待されているところです。
日本の生産者は中小零細な農家が多く、輸出に関わる実務や販路拡大に支出できる資金、ノウハウが十分とは言い難いのが実情です。ただでさえ日本からの輸出品は、輸送費や関税などの影響で現地産品よりも高い価格になりがちです。
◆世界の売れ筋データ蓄積
政府は20年3月、「25年に2兆円、30年に5兆円」という新たな輸出目標を掲げました。
更なる輸出拡大には、輸出元の産地と輸出先の消費地の実態を踏まえた上で、輸出に取り組む事業主体に客観的な提言や実現可能なプロジェクトを提案する必要があると思います。
そのために、全国各地の優良事例と、売れ筋や競合商品の価格動向など輸出先の消費データを蓄積しながら、世界各地の需要に合った物を、いかに生産者のモチベーションを高めながら効率的に輸出できるか検証すべきです。こうした対応を都道府県や市町村の協議会、農業協同組合が単体で全て担うのは限界があり、複数の自治体や関係機関の連携が不可欠です。
特に、果実や野菜、畜産品など生鮮品の輸出には、対応できる輸送設備や輸出先の検疫といったハードルがあります。
日本食への関心の高まりを訪日客の増加につなげ、さらに日本食の評価を向上させられないか、という期待もありましたが、新型コロナウイルス感染拡大で現実的には想定しにくい状態です。政府には効果的な支援を期待しています。(聞き手 寺島真弓)
◇いしつか・さとし 2002年東京農大院修了、博士(農業経済学)。財団法人日本こんにゃく協会事務局長を務め、18年4月から現職。47歳。
〈HISTORY〉
◆「和食」世界無形文化遺産登録(2013年)
政府は2012年3月、「和食」を無形文化遺産に登録するよう国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)に申請し、翌13年12月に認められた。
申請のきっかけとなったのが、10年11月、フランス料理や地中海料理、メキシコの伝統料理が食文化として初めて登録されたことだ。06年に無形文化遺産保護条約が発効した当初は、民俗芸能や伝統技術が主な対象だった。
和食文化に明確な定義はなく、11年に始まった国の検討会では当初、内容を「会席料理を中心とした伝統を持つ特色ある独特の日本料理」としていた。だが、最終的には広く日本人全体が担い手と言える「和食日本人の伝統的な食文化」の名称で申請した。
登録を機に、海外での和食人気は高まった。農林水産省によると、海外にある日本食レストランは、19年時点で約15万6000店。13年は約5万5000店で、この間、3倍近くまで増えた。世界の日本食レストランの6割以上がアジア地域にある。外食向け食材は輸出を底上げしており、特に日本酒の輸出額は、20年に241億円と11年連続で最高を更新した。
◎学者やエコノミストの経済分析を聞く「WATCHERS(ウォッチャーズ)」は次回25日に掲載予定です。


《読売新聞 2021/08/11 より引用》