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「まさかの豚」、現場は 新型インフルエンザ検証


2009年06月13日

国の「水際対策」をすり抜け、新型の豚インフルエンザは5月中旬、神戸や大阪で一気に感染が拡大。医療現場や自治体、企業は経験のない事態に直面し、判断を迫られた。12日、警戒レベルを最高位の「フェーズ6」に引き上げる宣言が出された。「第2波」に備え、課題は多い。

 

●病院 校医の機転で「陽性」 発熱外来パンク、想定外

「まさかですが、『豚』が出ました」。土曜日の5月16日未明、神戸市の男性医師(52)の枕元で携帯電話が鳴った。市保健所からだった。感染の確認は、この開業医の機転から始まった。

4日前の午前、「しんどい」と、男子高校生が前日に続いて来院した。体温は37度4分。医師は生徒が通う高校の校医だった。「まさか渡航歴はないやろね」「ないですよー」。そんな冗談めいたやりとりをしていた。

「簡易検査をやってみるか」と試すと、インフルエンザA型の反応が出た。昨秋、この生徒には医師自ら季節性のインフルエンザの予防接種をしていた。少しひっかかりを感じた。その日夕、市環境保健研究所に簡易検査で使った検体の残りを送った。「季節性と思うが、念のために『豚』もやってくれますか」

市環境保健研究所は15日午後に生徒の検体の遺伝子検査(PCR検査)をした。検査機のモニターが新型インフルエンザ陽性を示した。「間違いではないのか」と、さらに2回検査を繰り返した。

高校生を診た男性医師は「生徒に新型を直接疑うものは何もなかった。校医でなければ調べなかった」と話す。

初確認からわずか3日で市内の感染者は60人に迫り、発熱相談センターの電話は鳴り続け、ピーク時は1日で2678件に達した。

地元の神戸市医師会(約1300医療機関)は昨年秋から対策を練り、5月上旬には検査キット1万5千個やマスク10万枚を備蓄した。川島龍一会長は「準備なしでは阪神大震災の被災地として恥だと思った」と言う。

しかし、想定外の事態が市医師会を襲った。総合病院9施設に設けた発熱外来や、発熱相談センターがパンクしかけた。19日、神戸市の要請に応える形で、一般の医療機関でも発熱患者の受け入れを決めた。国の行動計画にはない判断だった。

「受け入れ」はすんなり決まったわけではない。5月17日夜の会議では、開業医らから厳しい意見が相次いだ。「医師が感染したら、補償されるのか」「ほかの患者に感染を広げてしまう」

男子生徒を診察した医院でも18日以降、医師とスタッフはタミフルを予防で飲みながら、発熱患者の診察にあたった。防護服も5着購入した。

各医療機関でも、電話予約の上で、別の入り口から入ってもらったり時間外診察で対応したりした。26日の集計では、500近い医療機関が発熱患者を受け入れていた。

「ウイルスが強毒性だったら同じ対応はできなかったかもしれない」。市医師会幹部は思っている。院内感染を完全に防ぐことは難しいと実感したからだ。秋以降に「第2波」がくる恐れが指摘されている。市医師会は6月12日夜、小委員会を開き、検証作業を始めた。発熱相談センターや発熱外来の数と質の確保▽毒性に応じて医療機関が対応できるルール作り▽地域単位で抗ウイルス薬を臨機応変に供給できる態勢作りなどが教訓として浮かんでいる。

 

●学校 休校は「国の方針」で 一斉の是非、意見割れる

日曜日の5月17日深夜。大阪府八尾市の小学生の感染が確認され、大阪府の橋下徹知事は幹部を集めた。「もう次のステップかな」。携帯電話で幹部にこう話した。小学生は、続々と感染者が確認されていた関西大倉高校(大阪府茨木市)とのつながりが分からない、初の感染例だった。

「中高を止めましょう」。知事は初めて一斉休校を提案した。しかし、保護者らの負担や風評被害を恐れる声など会議では否定的な意見が大半だった。「国から一斉休校を要請してほしい」。知事は舛添厚生労働相と何度か電話で連絡を取り、こう依頼。「一斉休校は国の方針」との約束を取りつけ、18日午前1時半から会見。中学、高校の1週間の一斉休校を発表した。

府内の政令指定市は混乱した。大阪市は府と国の方針の情報が交錯し、18日午前には児童生徒をいったん登校させた。堺市は知事会見で初めて大阪府の方針を知るなど対応が遅れ、保護者から問い合わせが殺到した。

兵庫県と神戸市に、厚労省から一斉休校を求める文書が届いたのは18日午前4時ごろだった。兵庫県は、県の対策計画で、全県一斉休校を「県内最初の感染者が確認された時点」としていた。だが、患者の症状が軽く、学区単位の休校で神戸市と足並みをそろえていた。17日午後には厚労省から全県休校を打診されたが、「社会的影響を考えると地域的な封じ込めが適当」(斎藤富雄副知事)と静観を続けていた。

だが、文書が届いたことで県と神戸市は全県休校に転換した。兵庫県の井戸敏三知事は「全県休校の必要はあったか」と語る。一方、大阪府の笹井康典健康医療部長は「一斉休校の判断は危機管理としては良かった。ただ、もっと早く毒性は強くないと国が示していたら、『冷静に』というメッセージをたくさん出せた」。国が「弱毒型」へかじを切ったのは一斉休校の決定から4日後だった。

 

●企業 開店前の公表に全力 営業継続との両立悩む

「事実を、お客さんに知らせないわけにはいかない」。広報担当者が強く主張した。

5月17日午後8時、三菱東京UFJ銀行の本店(東京都)と大阪本部に役員ら計約30人がそろって、緊急テレビ会議が始まった。

その約5時間前。神戸市の三宮支店で働く女性行員の家族から支店長に、電話が入った。「新型インフルに感染したかも知れない」。確定診断に先駆け、行内の感染症対策本部のメンバーの招集に踏み切った。女性は支店の各部署を回っていた。支店と、同じビルの支社勤務は幹部を除き計約60人。全員を自宅待機させることは可能か。何人応援を出せば支店業務が成り立つか。シミュレーションを繰り返した。従業員が感染した場合に重要な業務を中断させないための対策を盛り込んだ事業継続計画(BCP)は、3年前につくった強毒性対応しかなかった。1時間後、「顧客への感染リスクを考え全員待機」「大阪本部と神戸支店から応援計約30人」と決めた。

行員の感染を公表することについて、反対の声はなかった。問題はタイミングだった。「三菱東京UFJ銀行の行員が感染」。翌18日午前7時51分、NHKがニュースで報じた。「三宮支店が開く午前9時までに、お客さんに感染の事実を知ってもらう」。そこにこだわった。

三宮支店が通常態勢に戻ったのは1週間後の25日だった。対策本部の一人は「『営業継続』と『感染拡大の防止』の両立をギリギリ探った。あの時点ではやむを得ない選択だった」と振り返る。

大阪商工会議所(大商)が5月19~25日に実施した新型インフル対策調査では、回答があった84社のうち、BCPを作成している企業は2割にとどまっていた。企業には事業継続する場合の計画のほか、毒性に応じて対応できる柔軟さも求められている。

 

【図】

国内で確認された新型インフルエンザ感染者の傾向

新型インフルエンザの発覚とその影響

 
《朝日新聞社asahi.com 2009年06月13日より引用》

 

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