(科学の扉)新たんぱく源を探せ 人口増で肉不足/救世主は虫?藻?培養肉?
2019年05月20日
世界の人口は増え続け、2030年には86億人に達しそうだ。遠くないうちに家畜の飼料生産が追いつかなくなり、たんぱく質不足に陥るかもしれない。解決策は昆虫食か、藻類か人工培養肉か……。企業や大学の模索が始まっている。
地球上には食べられる昆虫が1900種以上存在し、食品や飼料としての可能性は多く残されている――。
将来のたんぱく質不足を回避するため、昆虫を食材にしたり、家畜の飼料に活用したりすることを勧める報告書が2013年、国連食糧農業機関(FAO)から公表された。このころから世界中で、具体的な打開策に挑む企業が増えている。
FAOが危惧する背景の一つが、人口増加だ。11年時点で70億人だった世界人口は30年に86億人に達し、その後も増え続けると予測する。
食生活の変化も大きい。途上国では経済成長に伴って肉食が普及し、肉類の需要は30年には1990年代後半より4割増えるとされる。FAOによると、牛肉1キロの生産に必要な穀物は8キロ程度。穀物の生産効率は上がっているが、農地を大幅に広げるのは、大規模な森林伐採などが必要になるため限度がある。近い将来、穀物生産が追いつかず、肉類が食べられなくなる危機が起きるかもしれない。
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たんぱく質不足の危機を回避しようと、日本の新興企業も続々と動きをみせる。
「ムスカ」(福岡市)は、太らせたイエバエの幼虫を乾燥させて、魚粉に代わる家畜や魚の飼料として活用しようとしている。幼虫のエサは、家畜の糞尿(ふんにょう)や生ゴミだ。
元々、旧ソ連が惑星探査に向けて培っていた技術を、ムスカの前身企業が受け継いで日本に持ち込んだ。このイエバエは45年間、約1200世代の選別交配を重ねてきた飼料化の「エリート」たち。通常の幼虫よりも密集させた飼育環境にも強く、育ちやすいという。さらに、愛媛大などとの共同研究で、従来の飼料より魚が成長しやすく、病気になりにくいといった効果を確認した。
流郷(りゅうごう)綾乃CEO(最高経営責任者)は「子どもたちの世代に、肉を食べられる選択肢を残し、食糧不足のない未来を実現したい」と話す。
昆虫食は、欧米を中心に食品の販売が始まっているが、コオロギやミルワーム(甲虫の幼虫)を使うものが多く、見た目や独特の風味のため敬遠する人もいる。そこで「エリー」(東京都中野区)は、味のクセが少なく、うまみがあるカイコのサナギをフリーズドライ製法で粉末にし、ドレッシングやスープなどにする開発を進めている。たんぱく質以外にも様々な栄養素が含まれているとみられ、京都大と共同研究を進めながら、機能性食品として売り出せないか検討している。
粉末にするのは、家蚕やエリ蚕という種類だ。梶栗隆弘CEOは「かつて栄えていた養蚕業の生産や流通の仕組みを活用できる。後継者不足で悩む養蚕業にも貢献できるのではないか」と期待を込める。
新たなたんぱく源として、すでに世界で広く事業展開されているのが藻類だ。たんぱく質を含む割合が高く、多いものでは大豆の2倍近くになる。藻類で食品などを開発している「ちとせ研究所」(川崎市)の中原剣取締役は「生産に必要な土地や水が圧倒的に少ない。単位面積あたりのたんぱく質の生産効率は、大豆よりも約15倍高く、地球上で最も生産効率の良い生物だ」と話す。
再生医療や創薬に使われる細胞培養の技術を生かした「人工培養肉」の研究開発も盛んだ。すでに大量生産されている培養液を使って動物の筋細胞を増やす。欧米はミンチ肉の段階の企業も多いが、東京大の竹内昌治教授と日清食品ホールディングスは、牛肉由来の筋細胞から長さ1センチ程度のサイコロステーキ状の筋組織をつくることに成功した。竹内教授は「培養肉がたくさん作られ、スーパーで手軽に手に入るようになれば、将来畜産を補う役割が期待できる」と話している。
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人工培養肉や藻類は、宇宙に滞在するときのたんぱく源としても注目されている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と30の企業や大学は今年3月、宇宙旅行ができる未来を想定し、2040年に月面で食べられるメニューの検討を始めた。いまのところ、人工培養肉を使ったステーキや、藻類のスープなど7品が候補に挙がっている。
実現には、地球から持ち込む食材だけでなく、月面で手に入るもので効率よく食料を生産する資源循環システムが必要になる。降り注ぐ太陽光に加え、滞在に伴って出るごみや排泄(はいせつ)物をできるだけ活用することになる。「インテグリカルチャー」(東京都新宿区)の羽生雄毅CEOは「滞在施設の下水から得られた窒素や炭素の成分と、月にある鉱物の栄養分で藻類を育て、その藻類を使った培養液で人工培養肉を作れないか」と考えているという。
藻類の一種、ミドリムシを使った食品などを手がける「ユーグレナ」(東京都港区)も参加企業の一つだ。鈴木健吾執行役員は「限られた資源の有効活用を考えることは、地球と宇宙の共通する課題の解決につながるだろう」と話した。(杉本崇)
■「フードテック」が活況
食品に関わる課題を技術で解決しようとする産業分野は「フードテック」と呼ばれ、新しいたんぱく源の開発や食品ロス削減、調理の無人化などに2015年ごろから投資が集まっている。市場調査会社「リサーチアンドマーケッツ」によると、世界の市場規模は22年までに27兆円以上になるという。
<グラフィック・高田ゆき>
《朝日新聞社asahi.com 2019年05月20日より抜粋》