(時時刻刻)日米貿易交渉、同床異夢 第1段階、日本ひとまず安心
2019年04月18日
日米貿易交渉の当面の対象となる「土俵」が定まった。早期合意で日米の思惑が一致し、日本は比較的闘いやすい形に持ち込めてひとまず安心した格好だ。ただ、トランプ米大統領の通商外交は、2020年大統領選挙の戦略の色彩を強めている。米内陸部の製造業・農村地帯の底堅い支持を背景に、強硬策を打ち出すリスクは消えない。▼1面参照
■米、範囲狭め成果急ぐ 長引けば農業界に打撃
「早期にいい成果を出したいということで互いに一致した」。茂木敏充経済再生相はワシントンで16日、米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表との2日間の初会合を終え、そう語った。
交渉範囲を狭めて交渉を急ぎたいとの思惑は、米側に強い。2月にかけ、米国を除く「TPP(環太平洋経済連携協定)11」や、日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)が相次いで発効。牛肉や豚肉を中心に、日本を重要な輸出先とする米農業界は豪州や欧州に比べて関税面で不利になり、日米交渉が長引けばますます打撃が広がるからだ。
一方、米政権が離脱したTPPの多国間の枠組みにこだわる日本は、昨年9月、不本意ながら二国間の貿易交渉入りに応じた立場だ。協議を急ぐ理由はないが、交渉範囲を狭められるのなら、「大幅な譲歩を迫られる日米の包括的な自由貿易協定(FTA)との印象を避けたい」との思惑にかなう。
昨年9月の日米共同声明では、交渉は2段階で進めることとされた。今回の会合では、当面の第1段階で議論する対象は、農産物や自動車などの物品のほかは、デジタル貿易のルールづくりにとどめることで合意。電子商取引でのデータの自由な流通などの規定が想定されるが、「中国などと違い、日米間で障害となるテーマはない」(政府関係者)。範囲を広げずに早く成果を得るため、日米で合意に至りやすい分野を選んだことになる。
ただ、第1段階で合意をまとめても、その後には「他の貿易・投資の事項の交渉を行う」ことを合意している「第2段階」の交渉が待つ。
「第2段階はやりたくない」(政府関係者)のが日本の本音だが、USTRが昨年12月、米議会に示した対日交渉目的には、通信や金融、為替問題などを包括的に明記した。「対日交渉は段階を踏んで進めるかもしれないが、その場合も必ず議会との協議に基づいて進める」と書かれている。
財務省幹部は17日、為替問題については、麻生太郎財務相とムニューシン米財務長官の話し合いになるとの認識を示した。その上で、米国の政府と議会との関係などを念頭に、「アメリカは絶対入れてくる」と身構えた。
米議会で通商政策を担う上院財政委員会のグラスリー委員長は、農業州アイオワ州選出でもあることから「自分だけ考えれば農業を含む早期合意でいいが、議会にはほかの経済分野も含み、かつ非常に早期の協定を求める声がある。協定は包括的でなければならない」と話す。
■追加関税、蒸し返すリスク 再選目指すトランプ大統領
そして交渉の最大のリスクが、再選を至上目的とするトランプ大統領だ。
安倍晋三首相は昨秋の首脳会談で、日米協議中は「強硬策」の輸入車関税を発動しないとトランプ氏に確認したとの立場だ。
ただトランプ氏は、日本と同じく、共同声明の文言を支えに「交渉中の関税発動はない」との認識だったEUに対し、たびたび輸入車関税の脅しを繰り返している。メキシコは事実上の輸出車の数量規制を受け入れ、トランプ氏自ら協定を署名して輸入車関税の問題を決着したはずだったのに、移民問題に絡めて発動の可能性を蒸し返された。
追加関税を持ち出して交渉が長引けば、米農業団体などからの反発は強まるはずだ。ところがトランプ氏は、ツイッターなどで内陸部の労働者や農家の中核的支持層とじかに結びついていて、関税の脅しが支持固めにつながるとみている。
米有数の畜産地帯、西部コロラド州。丘陵に牧草地が広がり、子牛の飼育、肥育、解体など重層的なサプライチェーン(供給網)が築かれ、高効率の食肉産業が発達する。ダン・ティンマーマンさん(40)が働く肥育場では、巨大なトラックで飼料を流し入れるえさ場が一直線に伸び、1万3千頭の牛が飼われていた。ティンマーマンさんは「戦前は米国の若者は自由と将来の経済的利益のために命だって捧げた。交渉で長期的に利益があるなら、多少の痛みは受けるよ」と話した。
種牛を育てるザック・ロングさん(31)も「関税は低い方がいいけど、米国がつけ込まれるのも見たくない。豪州よりも米国の牛肉産業の方がずっと効率的だからたいしたことはない」。関税の脅しを切り札に譲歩を迫るトランプ氏の「交渉術」に理解を示す。
米農畜産業は輸出競争力が強く、トランプ氏の保護主義的な政策で利益を得られないばかりか、中国やメキシコからの報復関税やTPP離脱で打撃を受けてきた。それでも、個々の農家のトランプ氏支持は底堅い。独立心が強く、政府の介入を嫌う米農家と、規制緩和や都市部のエリート批判を掲げるトランプ氏に共鳴し合う点があるためだ。
伝統的に農業地帯が自由貿易を支持し、保護主義の歯止めとなった構図が現政権下では必ずしも当てはまらない。米中西部のラストベルト(製造業地帯)では、トランプ氏の通商外交への支持はより根強い。再選にプラスとみれば、輸入車関税を蒸し返して揺さぶりをかけてくる可能性が高まる。(ワシントン=青山直篤、西山明宏)
【写真説明】
米コロラド州の肉牛の肥育場で働くダン・ティンマーマンさん=4日、米コロラド州ウェルド郡、青山直篤撮影
【図】 日米貿易交渉の当面の範囲が定まった
【写真説明】
防護服姿で殺処分にあたる岐阜県職員ら=2018年12月、岐阜県関市、本社ヘリから
《朝日新聞社asahi.com 2019年04月18日より抜粋》