飼料急騰生き残りへNZ式で放牧コスト削減
2008年06月11日
■「乳牛のエサ 草だけ」拡大 牧草だけで牛を飼うニュージーランド方式の「集約放牧」を導入する生乳生産農家が道内で相次いでいる。バイオエタノールの需要増大で米国からの輸入に頼る配合飼料の価格が急騰、農家の経営を圧迫しているためだ。「世界一安い生産コスト」を実現したニュージーランドを見習い、生き残りに懸命だ。すでにコスト削減効果が出てきたという。(綱島洋一)
「輸入穀物の値下がりは当面、見込めない。わが町には草地が豊富。自前の草を活用すれば、配合飼料に頼らなくてもいいはずだ」
釧路支庁浜中町。約200戸の酪農家が年間10万トンの生乳を搾る。浜中町農協の石橋栄紀組合長は酪農家にこう呼びかけ、今春からニュージーランド方式の放牧を本格的に導入した。昨秋、職員を現地に派遣した。
視察した同農協の長岡茂美・酪農技術センター長は「草だけを牛に食べさせていかに収益を上げるかが貫かれていた」と語る。植える草は消化が良い品種だけ。しかも牛が好む短く軟らかい草ばかり。牛が絶えず草を食べ続けるようにとの配慮だ。道内では伸びきった牧草地が目立っていたが、「背丈が25センチを超すと長すぎ」と教わった。
一日に食べる草の量を計算し、牛の頭数に必要な面積を区切って放牧。隅々まで草を食べさせてから次の放牧地へと移動させる。食べ残しの草はまずなかった。「道内のように草を食べてごろんと寝ころぶ牛はいない」。長岡さんは目を見張った。石橋組合長は「道内は牛のひなたぼっこ」と指摘する。
酪農学園大の荒木和秋教授はニュージーランドに留学、酪農研究に取り組んだ実績を持つ。「ニュージーランドは生産コストが日本の4分の1。放牧への転換が生き残りに欠かせない」と指摘する。
十勝支庁足寄町の農家では「集約放牧」導入の成果が見えてきた。同町で取り組むのは町農協理事の佐藤智好さんら。約10戸の酪農家が町と連携し、約10年前に研究グループを立ち上げた。
荒木教授の調査によると、乳牛を約60頭飼う同町の酪農家ではエサ代が07年に約570万円だった。約10年前の96年の半分に減り、配合飼料高騰の打撃を受けなかった。燃料費などを含めた生乳1キロ当たりの生産コストは96年が約62円だったが、07年は約53円に減ったという。
栄養価が高い配合飼料をたくさん食べさせて生乳を多く搾る方式は輸入飼料が格安な時には良かったが、いまは逆だ。放牧をせずに畜舎内で牛を飼い、酪農家がエサを牛の口元へと運ぶ手法はさながら「介護酪農」と揶揄(やゆ)される。
浜中町と足寄町の酪農家らは「放牧では牛の乳量が落ちるとの批判があるが、採算が合うならたくさん搾る必要はない」という。採算を重視した「身の丈経営」への転換が求められているとの指摘だ。
《配合飼料高騰》 配合飼料の主な原料はトウモロコシ。大半を米国からの輸入に頼る。原油高騰でバイオエタノールの需要が高まると、06年秋から飼料価格が急騰。農水省によると、06年4月に1トンあたり約4万3千円だった配合飼料は08年に入り約5万8千円に値上がりした。06年度の道内の生乳生産量は約365万トン。全国の生産量の半分を占めるが、70年に約77%だった大規模酪農家の飼料自給率は、放牧が減って06年には約53%に低下していた。
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■牛舎なし30年 清水の酪農家
「道内は積雪寒冷地。ニュージーランドのような放牧は向かない」との批判が酪農家にはある。だが、日高山脈の麓(ふもと)、十勝支庁清水町には牛舎を持たずに冬も屋外で約80頭の乳牛を飼う酪農家、出田義国さん(65)がいる。
熊本県生まれ。約30年前に入植した際に「牛舎を建てる資金がなかった」からだが「牛は寒さに強い」ときっぱり。エサは牧草に、地元で手に入るでんぷん粕(かす)。年間640トンほどの生乳を出荷、黒字経営を続ける。
《朝日新聞社asahi.com 2008年06月11日より引用》