20181221

(取材ノートから)体細胞クローン牛の死 「のと」が開いた新時代 /石川県】


2018年12月21日

 

20年前の「世界初」の大ニュースは、ちょっとした偶然がもたらしたものだった。

1998年7月、体細胞クローン牛の双子「のと」と「かが」が宝達志水町の県畜産総合センター(現・県畜産試験場)で生まれた。優秀な家畜を大量に作れると体細胞クローン牛は当時、様々な研究機関が開発競争を繰り広げていた。実は一番乗りは別の施設のはずだったが、センターの子牛が予定より約40日早く生まれ、世界初の成牛の体細胞クローン牛として大きく注目された。

今年の年間企画「北陸平成ストーリー」の取材のため、昨年末に県畜産試験場を訪ねた。「のと」と「かが」は健在だった。クローン牛舎でのんびりと過ごす姿は「余生」を楽しんでいるようだった。当時の職員たちは、世話に懸命だった早産で弱っていた子牛のころを振り返ってくれた。

しかし、その「のと」が今年5月、体調を崩して死んでしまった。突然立てなくなり、10日間座ったまま生きて、職員らにみとられ息を引き取ったという。平成の終わりを告げるようなニュースに思えた。

振り返れば、私が入社した88年の秋から翌年にかけては、まさに昭和から平成へと時代が移り変わる時期だった。昭和天皇の病状が連日報じられ、祭りが中止になるなど「自粛ムード」が社会を覆った。新潟県で勤務していた私は、かまぼこメーカーがお正月のかまぼこから「寿」の字を外したことを取材した。

その平成も間もなく幕を閉じ、新しい時代がまた始まる。体細胞クローン牛の研究は途絶えたそうだが、県畜産試験場の早川裕二副場長は「体細胞クローン牛の研究で培った卵子を扱う技術などは継承され、現在の能登牛の研究に生かされている」という。「のと」と「かが」が残してくれたものは少なくないようだ。

先日、約1年ぶりに県畜産試験場を訪ねた。クローン牛舎では、20歳を超した4頭が暮らしていた。人間でいえば、100歳ほどにあたるという。体細胞クローン牛の長寿記録を更新中という「かが」は足腰も丈夫そうで、干し草をおいしそうにはんでいた。(伊藤稔)

◇  2018年は残すところあと10日余り。この1年に取材した出来事を記者が振り返ります。

【写真説明】

5月に死んでしまった「のと」(右)と双子の「かが」=2017年12月、宝達志水町坪山の県畜産試験場

伊藤稔記者

 

《朝日新聞社asahi.com 2018年12月21日より抜粋》

 

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