じわり、「平飼い卵」という選択 地面で自由に、鶏のストレス軽減
2018年11月28日
ふだん、なにげなく食べている卵ですが、それを産む鶏がどのように育てられているか、考えたことはありますか? 値段は高いですが、鶏にやさしいとされ、欧米で浸透している「平飼い卵」という選択肢が日本でも広まっています。
鹿児島県曽於市の養鶏場「サテライツ」。川原嵩信(たかのぶ)代表(50)が姿を見せると、砂浴びをしたり、土をほじくったりしていた鶏が駆け寄ってきた。川原さんが与えるおからやサツマイモの葉を競うようについばむ。「鶏に無理をさせない『平飼い』による養鶏です」
平飼いは、鶏が地面などで自由に動き回れる状態で飼う養鶏法だ。サテライツでは、鶏舎を含めた約750平方メートルの敷地で52羽を飼育。砂浴び場や止まり木がふんだんにあり、鶏は日中、鶏舎に自由に出入りできる。1羽あたりのスペースは約14平方メートルで、激しい争いは起きにくいという。このため、けが防止のために通常行われるクチバシの切断「デビーク」はしない。
サテライツは、同様の方針で養鶏に取り組む6軒の農家とともに、計約300羽が年約4万個の卵を産む体制を整える。1個80~100円(税別)で販売するほか加工食品も扱い、川原さんは「小規模だが、少数羽の平飼いという価値で勝負する」と話す。
■ケージ飼いが大半
今のところ、こうした「平飼い」は少ない。公益社団法人「畜産技術協会」の2014年度の調べでは、採卵養鶏農家の91・5%(棟ベース)が積み重ねた金属製のケージ(バタリーケージ)を使い、多くが1羽あたりB5判程度かそれ以下のスペースで「ケージ飼い」している。飼育効率を高め、卵の値段を抑えることになるためだ。実際に、卵は長らく「物価の優等生」と言われている。
その一方で、大半を占めるこの「ケージ飼い」は鶏にストレスを与えるとされる。ほかの鶏への攻撃行動につながるといわれ、83・7%の農家が鶏をデビークしている。
黒瀬陽平・北里大教授(動物栄養学)は、鶏の祖先のセキショクヤケイ(赤色野鶏)の習性を「日中の大半を地上で過ごし、地面を脚とクチバシでほじくり返してミミズなどを食べて暮らしている」と話す。
また、佐藤衆介・帝京科学大教授(応用動物行動学)によると、家畜化された鶏の研究から「爪でかくことができ、クチバシでほじくれる土床からの摂食を好む傾向がある」ことがわかったという。佐藤教授は「家畜化される以前の野生の習性が残っている」と解説する。
黒瀬教授はこうした研究から、ケージ飼いでは鶏本来の行動が制限され、「ストレスによるつつき合いなどの闘争が起きるほか、免疫機能が低下して病気への抵抗力が弱まる。止まり木がないため運動不足になり、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の発症率も高まる」と分析する。
■欧米では規制導入
動物が恐怖や苦痛から解放され、できるだけ本来の生態に近い状態で生きられるよう「福祉」を考慮した法整備が進むEUでは12年、バタリーケージの使用が禁止された。米国でも複数の州で規制が導入されている。認定NPO法人「アニマルライツセンター」の岡田千尋代表は「欧米では消費者の理解も原動力になって法規制が進み、採卵鶏の飼育環境が向上した。南米や東南アジアでも同様の動きが見られる」と話す。
だが、日本ではこうした法整備が進んでいない。佐藤教授は「農林水産省が示す家畜の飼養管理指針自体は欧米と遜色ないが、具体的な数値規制や動物の状態評価に関する数値目標が欠けている。実効性に乏しく、世界から低水準だと見られている」と話す。
■スーパーや外食でも取り組み
ビジネスの現場では「平飼い」をめぐる取り組みが始まっている。
北海道内で108店を展開するコープさっぽろは17年9月、全店舗で平飼い卵を販売すると発表した。担当者は「『味わい』ではなく『動物福祉』の観点から、平飼い卵への要望が高まっている」と語る。1個あたりの平均単価は普通の卵の3~4倍だが、売り上げは伸びているという。イオンリテールは17年から、約400店のうち約120店で平飼い卵を販売。イトーヨーカ堂も約160店のうち約20店に置いている。
外資系を中心に食品メーカーや外食産業で「100%平飼い卵」宣言をする企業もある。英国が本拠の食堂運営大手の西洋フード・コンパスグループは4月、25年までに国内で調達する卵の全てを平飼い卵にする方針を明らかにした。スイスが本拠の食品大手ネスレも、同年までに世界ですべての製品に平飼い卵を使う目標を掲げる。ネスレ日本は「実現に向け調査中」(広報)だ。外資系ホテルでも同様の取り組みが進んでいる。
ただ卵全体に占める平飼い卵の国内流通量は金額ベースで1%とも、採卵鶏の羽数ベースで5%程度ともされ、調達面で限界がある。
麻布大の大木茂教授(畜産経済学)は「欧米では、卵の付加価値はまず飼育方法で決定される。日本でも同様の方向に進む可能性は高く、生産者側の対応も進むのではないか。今後は、『平飼い』の定義について国内ルールを作ることが課題になる」と指摘する。(太田匡彦)
【写真説明】
サテライツの養鶏場。川原嵩信さんが与えるおからをついばみに鶏たちが集まってくる=鹿児島県曽於市
鶏本来の行動が制限されると指摘されるバタリーケージでの飼育(アニマルライツセンター提供)
《朝日新聞社asahi.com 2018年11月28日より抜粋》