20180115

家畜、のびのび育てる 「動物福祉」国内で取り組み


2018年01月15日

動物本来の生態を尊重し、快適でストレスの少ない環境を家畜に提供しようという取り組みがあります。「アニマルウェルフェア(動物福祉)畜産」と呼ばれ、欧州を中心に進んでいます。日本でも実践するところが出始めました。

「牛は、数年後に自分の身に何が起きるのか、その運命を知らない。最期の瞬間も、そうとは認識しないだろう。それなら生きている間、世界一幸せに暮らせるようにしてあげたい」

函館空港から車で約2時間。北海道八雲町の北里大獣医学部付属フィールドサイエンスセンター八雲牧場で、寳示戸(ほうじと)雅之教授はそう話した。

なだらかな起伏に富んだ約370ヘクタールの牧場では、約270頭の肉用牛に「草食動物本来の生き方をさせる」(寳示戸教授)ことを強く意識。春から秋の放牧期間中、牛たちは1日平均7、8キロ歩き、牧草をはむという。だが、国内の肉牛農家の41・3%は放牧地も運動場も持っていないか、持っていてもそこに放さない状況(2014年度、畜産技術協会調べ)だ。寳示戸教授は「自発的にこれだけの距離を移動する動物を牛舎内に閉じ込めて飼うことが、どんなに異常か」と指摘する。冬場は牛舎に入れるが、牛たちは牛舎内を自由に動き回れる。

「牧場スタッフの安全確保と牛同士のけが防止のためやむを得ず」(寳示戸教授)角は除去するが、その際には獣医師が麻酔をかけたうえで実施。また、牧場で生まれた子牛は生後6カ月までは母牛と一緒に過ごさせるという。「穀物中心の高エネルギーの餌をなるべく早く与えて太らせようとする行為も、牛本来の生態から考えれば間違いだ。それに母子一緒だと、子牛の死にもつながる下痢が起きにくい」と寳示戸教授。

だが、畜産技術協会の調査によると、角の除去をする農家のうち無麻酔で行うところが79・4%、4カ月未満で母子分離する農家は72・5%と多くを占めるのが現実だ。

■赤身肉が特徴

八雲牧場の牛は30カ月ほど生きた後、「北里八雲牛」というブランド名で出荷される。自由に動き回り、ほとんど牧草だけを餌にしてきたため、脂質が少ない赤身肉が特徴だ。八雲町農林課の加藤貴久課長は「ふるさと納税の返礼品に設定しているが人気で、すぐなくなる」という。

北里八雲牛を扱う東都生活協同組合の小俣徹さんは「普通の牛肉より3、4割高い価格設定にしても売れる。比較的高収入の高齢者層と30、40代に浸透してきている実感がある」。老舗牛肉卸問屋、小島商店の小島康成副社長も「育て方に注目して選んでくれる消費者が増えてきた。『A5』や『サシ』ではない新たな価値として、アニマルウェルフェア畜産という提案が消費者に訴求するようになりそうだ」と話す。

■人は負担軽く

搾乳が目的の乳用牛は、身動きがほとんど取れない牛舎で飼育するのが主流だ。1頭あたりのスペースが2・4平方メートル未満の農家が76・6%、牛舎内で「つなぎ飼い」するケースは72・9%(14年度、畜産技術協会調べ)に達する。

八雲牧場の近くで乳牛を完全放牧する小栗隆さんも、以前は牛舎内で飼育していた。だが牛らしく生きさせたいと、1997年に牛舎から牛を出した。その時の光景を忘れられない。「まず歩き方を知らないんです。そして、穀物中心の配合飼料を与えていたから牧草の食べ方も知らなかった」。最初、牛たちはよたよたとするばかりで、牧草も食べなかったという。

当初は1頭あたりの乳量が減って減収になったが、牛が放牧地や牧草に慣れるに従って回復。また、放牧によって小栗さんたち人間の自由時間は増えた。「牛は牛らしく、人間は人間らしく生活できるようになりました」(太田匡彦)

■尾の切断・狭い空間、禁止の国も

アニマルウェルフェアという考え方は欧州で提起され、60年代以降、欧米を中心に家畜の飼育環境などについて問題提起と法規制が進んできた。例えば、糞(ふん)を尾でまき散らしたりそのことで体が汚れたりしないよう乳牛の尾を切る、羽を伸ばすことも歩くこともできないサイズの全面が金網のケージで鶏を飼う――などの行為は複数の国や地域で禁止されている。

一方、日本での対応は遅れ、専門家からは牛だけでなく特に鶏や豚などでその後進性が指摘されている。八雲牧場をはじめとした先進的な取り組みも、まだ広がりには欠けているのが実情だ。

認定NPO法人「アニマルライツセンター」の岡田千尋代表は「日本で家畜動物のアニマルウェルフェアが向上しないのは、そもそも過酷な状況に置かれている家畜動物が少なからずいることがあまりに知られていないのが一因。国の規制や農家の取り組みを推進しつつ、消費者の意識向上をはかっていくことが大切だと思う」と指摘している。

■アニマルウェルフェア畜産を進めるための主な規制と導入状況

(アニマルライツセンター調べ)

規制内容/規制を導入している主な国・地域/日本の状況

豚の麻酔無しでの去勢禁止/EU、ノルウェー、スイス、カナダなど/規制なし

鶏の従来型ワイヤ製ケージ(バタリーケージ)内での飼育禁止/EU、スイス、米国(6州)、ニュージーランド、ブータン、インドなど/規制なし

鶏のくちばしの切断禁止/オランダ、オーストリア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、スイス、オーストラリアの一部など/規制なし  乳牛の尾の切断禁止/英国、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、スイス、米国(3州)、カナダなど/規制なし

【写真説明】

東京ドーム約79個分の牧場内で牛たちは自由に暮らす=北海道八雲町

《朝日新聞社asahi.com 2018年01月15日より抜粋》

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