(ニッポンの宿題)食料自給率、何のため 浅川芳裕さん、横田修一さん
2018年01月13日
低迷を続ける日本の食料自給率は政府の目標に届かず、先進国で最低レベルです。国の農業政策の重要な指針なのに、どこかぴんときません。自給率の数字は、どう見たらいいのでしょう。国内の生産力を高めるために、大事なことは何でしょうか。
■《なぜ》危機感あおる農水省の道具 浅川芳裕さん(専門サイト「農業ビジネス」編集長)
2016年度のカロリーベースの食料自給率は、農林水産省によると38%でした。国内の食料消費が国産でどの程度まかなえているかを示す、日本独自の食料安全保障の指標です。
率の分母は国民1人1日あたりの供給カロリーで、国産に輸入を加えています。しかし、この供給カロリーは私たちが実際に消費した分ではありません。食品工場やコンビニエンスストア、レストランなどで捨てられる、だれの胃袋にも入らなかったものが含まれます。こうした食品廃棄物などは、年約2千万トンにもなります。
ふつうイメージする自給率は、一人が健康的に生活するのに必要な食料がどれだけ国産でまかなわれているか、でしょう。大量廃棄まで含んだ数字は、実態より不安をあおります。厚生労働省のデータなどから私が試算すると、「自給率」は49%で、政府目標の45%を上回りました。生産額ベースでは、すでに68%です。
また、農水省の計算式では、仮に輸入がストップすると、分母と分子は一致し、自給率は100%になります。食料安全保障のために計算しているのに、万が一のときには実際の生産量と関係なく、数字が上がってしまいます。
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カロリーベースの自給率が発表されるようになったのは1980年代。牛肉、オレンジの日米農産物自由化交渉が盛んだったころです。65年から生産額ベースが公表されていましたが、突如、登場しました。カロリーベースの方が輸入依存度が高いことを示せるので、農水省は自由化を阻止する宣伝手段になると判断したのです。
国民の危機感をあおるのに、4割程度の数字はちょうどいい。農水省最大の「ヒット商品」です。予算も確保しやすい。財務省の官僚は、毎年の予算折衝で「食料自給率が下がってもいいのか」と脅されたそうです。農村を基盤とする政治家や農協にもありがたい。
カロリーベースの自給率を農業政策の柱にしているのは、世界でほぼ日本だけです。農水省が発表する先進国の自給率も、国連食糧農業機関(FAO)の統計などから自ら計算した「自作自演」です。また、自給率向上と矛盾するコメの減反政策を続けてきました。米価をつり上げるためです。 対する世界の食料安全保障の定義は、「国民の栄養が足りているか」「貧困層が買えるか」「災害時に調達できるか」の3点です。
2008~11年にかけて、私はこうした疑問点を月刊誌や新書で指摘しました。カロリーベースの自給率向上を国策にすると、カロリーの低い野菜の農家や、エサのほとんどを輸入に頼る畜産農家は、国策に逆らう存在に位置づけられます。農家からは「よく言ってくれた」と手紙が届きました。
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私や一部の学者の批判もあり、農水省は15年から「食料自給力」という新しい指標を導入しています。輸入が止まったとき、いまの農地でどれだけの農産物が生産できるか、をみるものです。また、自民党内でも自給率を絶対視するような議論は減ってきています。
それでも、選挙などで錦の御旗とされるのが、自給率です。1999年施行の食料・農業・農村基本法に、自給率の目標を定めて向上させるという原則が書かれているためです。
法律のこの部分をなくし、食料自給率は廃止するべきです。長年、政府が膨大な補助金を支給し、農家に何をつくれ、消費者に何を食べろと、事実上命令できる根拠になっています。統制主義的な考え方です。政府の指導なしで経営する農家が育ってこそ、いざというときでも食べる人の立場にたった判断ができる。これこそ、真の食料安全保障の前提条件です。
(聞き手・小山田研慈)
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あさかわよしひろ 1974年生まれ。作家。著書に「日本は世界5位の農業大国」「ドナルド・トランプ 黒の説得術」「カイロ大学」。
■《解く》農家の努力の結果、上がれば 横田修一さん(横田農場社長)
食料自給率の目標って、いったいだれのためにあるんだろう? とずっと思っていました。
国の政策のおかげで、コメの自給率はほぼ100%です。しかし、高い関税で輸入を制限し、減り続けるコメの消費に合わせて減反をしているからにすぎません。コメの生産額はピーク時の半分まで減っています。日本のコメ農家は、守られることに慣れすぎていて、最後は国がなんとかしてくれるという甘えから抜け出せていません。こんなことを言うと、「横田は言い過ぎだ」と、怒られるのですが。
しわ寄せがどこにいくかといえば、消費者であり国民です。これほど税金をつぎ込んで、農業は強くなっているのかと、薄々、疑問を抱いている人も多いはずです。
先日、南米コロンビアに行きました。50年続いた内戦が終わった国で、地雷を撤去して水田をつくり、兵士になるしか働くすべを知らない人たちに稲作を教えるプロジェクトに携わる機会がありました。真剣に質問をぶつけてくる姿には、食料をつくって生きていく強い覚悟を感じました。
それに比べて、日本は何をしているんだろうと。日本の豊かさには感謝しながらも、自分自身にも甘えがあることに気づかされました。農業を強
くするには、農業者を強くするしかないと思います。コストを抑える努力をして、いいコメをつくる。日本のコメを食べたいという消費者を増やす。環境の変化に対応できる強さが必要だ、と感じています。
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茨城県龍ケ崎市にある横田農場は、父の代からコメをつくってきました。子どものころ、仕事を手伝うことが楽しかったし、軽トラックの荷台で見る夕焼けの景色がたまらなく好きで、大学卒業と同時に就農しました。
一方で地域では担い手が減り、田んぼを任せたいと言われることが多くなりました。この20年間で20ヘクタールから140ヘクタールに拡大し、6人でコシヒカリ、あきたこまちなど8品種をつくります。無農薬など付加価値をつけた栽培もしています。売り先は、ネットやスーパーなど直接販売が中心です。お客さんと向き合えることが重要で、評価をじかに受けることでやりがいにもつながります。
つらい経験もしました。2011年の東日本大震災の後、福島県の隣県である茨城県産の作物が放射能汚染されているとの報道が出ると、注文の9割がキャンセルされました。電話が鳴りっぱなしで、震災前に収穫したものだと言っても、理解してもらえませんでした。まさに風評被害でした。
それでも1割のお客さんは残り、応援のメッセージをくれました。こういうファンを一人でも増やすことが大事だと思います。田植えや稲刈り体験には、年間1千人の親子が参加してくれます。
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日本の農業は変化を迎えます。
減反はなくなり、つくる自由も売る自由も手に入れる一方で、厳しい競争にさらされる。農家がつぶれることも、覚悟しなければならないでしょう。 しかし、他の業界では当たり前のはず。今までのように全部を守るやり方は時代に合いません。生産者が生き残るために、消費者のニーズに応じたものをつくろうと努力することで、自給率が上がることが望ましいと考えます。自給率そのものを目的とするのではなく、結果としてとらえるべきではないでしょうか。
国の政策として食料確保は重要ですが、「日本のコメを守るために何とかしてくれ」と生産者が求めるのは違うのではないでしょうか。生産者と消費者が互いに必要としあう存在になれるよう、一つ一つ、積み上げるしかないと思います。
(聞き手・三輪さち子)
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よこたしゅういち 1976年生まれ。大学で農業経済を学ぶ。2008年に横田農場の社長に就任。年商1億5千万円。
【図】
世界と比べると…/日本の食料自給率
《朝日新聞社asahi.com 2018年01月13日より抜粋》