(文化の扉)お肉、分厚い魅力 ジビエ人気、女性ハンター増/進む人工肉研究
2017年11月19日
厚切りステーキ店の繁盛や、ジビエ料理に注目が集まるなど、まだまだ熱い肉ブーム。人は原始の時代から巨大な獲物を狩り、肉食を禁じた時代にもこっそり食べ続けるなど欲求を抑えられなかった。なぜ、こんなにもひかれるのか。
狩猟が今月15日(北海道は10月1日)に解禁された。野生の鹿などのジビエ料理も身近な存在になりつつあるなか、狩猟の世界に飛び込む人たちが増えている。
ハンターの全国組織、大日本猟友会の浅野能昭専務理事は「自分で捕った肉が食べたいとか、有害鳥獣駆除で社会貢献したいという動機を持つ人が多いようだ」と話す。猟師の高齢化で狩猟免許の所持者の総数は減ってきているが、新規の免許取得者は増加傾向だ。
同会は免許所持者全体の約2%しかいない女性ハンターの獲得にも力を入れる。2013年には「山ガール」を手本に、ウェブマガジン「目指せ!狩りガール」を立ち上げた。鹿肉好きの都内の女性会社員が免許取得に挑み、猟をするようになるまでをつづった記録が読める。浅野理事は「08年度に1599件だった女性への免許交付は、14年度には3184件に。さらに増えているようだ。元々食べるのが好きで、狩りの現場に出てみたいという女性が多い」。
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農耕民族と言われる日本人だが、旧石器時代には自分の体より何十倍も大きなナウマンゾウや、ヘラジカを狩猟して食べていた。「極端な話、肉さえとっていれば死ぬことはない」。そう話すのは、東京大の高橋迪雄名誉教授(78)。人は本来、肉食動物の枠組みにあるといい、「人類700万年の歴史で、穀物が主食になったのはたった1万年前。それまでは狩猟採集で得た獲物を食べてきた」。
飛鳥時代には、いわゆる「肉食禁止令」が天武天皇から出され、農耕期には牛・馬・猿・鶏・犬の肉食が禁止に。仏教伝来による「殺生禁断」が広まり、中世を通じて忌避されるようになる。だが、日本獣医生命科学大の佐々木輝雄名誉教授(67)は「家の裏では皆で集まってしょっちゅう食べていたようだ」と語る。肉料理の香りや味からくるおいしさ、滋養の高さに対する庶民の欲望は根強かった。「肉にはやはり魅力がある」
江戸時代には「生類憐(あわ)れみの令」などで締め付けが厳しくなるが、人々は「薬」などと称し隠語を用いて獣肉を味わっていた。1811年に国後島で捕らえられたロシアの軍人ゴロウニンは『日本幽囚記』の中で「多くの日本人は宗教上の規則を無視して、これ見よがしに肉を食べていた」と記している。
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幾度も禁じられた肉食だが、明治時代に解禁。天武天皇が命じた約1200年後に、明治天皇が「肉食再開宣言」を出し、自ら牛肉を口にした。
開国で交易が盛んになったことに加え、西洋諸国と肩を並べようと体格向上のため肉食が推奨される。畜産業が盛んになり、牛鍋や洋食が浸透。日清・日露戦争中は軍需のため牛肉が不足し、代わりに豚肉が普及する。厳しい状況でも肉を食べたい。人々の渇望が想像できる。
地球規模で人口が増え続けるなか、食料の安定供給は大きな課題だが、近年では人工肉の研究も進む。研究者らの有志団体・Shojinmeat Projectは筋肉細胞を培養した食用肉の開発を目指す。現時点で培養用の小皿50枚から約1グラムの肉片が取れるという。メンバーの田中雄喜さん(26)は「今は場所もコストもかかるが、20~30年後には多くの人が食べられるローコストでの実用化を目指している」。
(真田香菜子)
■狩猟、おいしいを肯定 サバイバル登山家・作家、服部文祥さん
3・11の原発事故以降、狩猟に興味を持つ人が増えたように感じます。「無意識のうちに関与させられているシステムがあるのでは」「普段食べているこの肉って何だ」と疑ったときに、実際に見て、考え、捕って、食べるという「自分で判断して生きる」ことに関心が高まったのではないでしょうか。
肉は複雑な食べものだと思います。野生の生き物を、その生態系のなかで暮らしていない人間が自分の都合で殺して食べて良いのか。狩猟を始めて13シーズン目になりますが「それほど自分に価値があるのか」と、今でも考えます。でも、山で捕ってきた肉はおいしい。食べることは生きることです。考え続けるしかないですが、「おいしいことはすべてを肯定する」と思ってやっています。
自分で捕った鹿肉は本当にうまい。体中に染み渡り、良い筋肉がつきそうです。それは、その鹿が生きてきた山や森の風景、時間の積み重ねがイメージされるからだとも思います。山に入るからこそ分かることですね。不思議な、そこはかとない力を感じます。
<知る> 環境省が主催する「狩猟の魅力まるわかりフォーラム」のホームページでは、狩猟の意義や役割、ハンターになるために必要なプロセスや費用などが細かく説明されている。日本各地で開かれるフォーラムの開催情報も確認できる(今年度分は終了)。
<読む> 現役の猟師兼マンガ家の岡本健太郎さんが描いたノンフィクションのコミック『山賊ダイアリー』(全7巻)。狩猟の実態やジビエの食べ方を楽しく学べる。カラスの焼き鳥など驚きの料理や、鹿のフンには栄養があり遭難時の食料になるなどの豆知識も。
◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「陵墓」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comへ。
<グラフィック・宮嶋章文>
《朝日新聞社asahi.com 2017年11月19日より抜粋》