20161111

TPP通過、揺れる現場 トランプ氏勝利の翌日、衆院可決 【西部】


2016年11月11日

環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を明言するトランプ氏が米大統領選で勝利した翌日、衆議院でTPP承認案が可決された。「なぜ急ぐのか」「今後どうなるのか」。発効で影響を受ける現場からは、困惑や疑問の声が噴出した。▼1面参照

 

■農畜産業 「なぜ急ぐ」戸惑い

衆院可決を受け、JA福岡中央会は即座に談話を発表した。「極めて遺憾。離脱を訴えるトランプ氏が当選したにもかかわらず、なぜ我が国が急いで可決するのか到底納得できない」

全国の農家からも戸惑いの声があがった。

宮崎県木城町で牛の繁殖や野菜栽培をしている日野原義文さん(65)は「TPP反対の人が大統領になるのに、安倍首相がまだ進めようとしているのがよくわからない」。繁殖用のメス牛4頭を飼い、10日も子牛1頭を競りに出した。野菜は農薬や化学肥料を使わず食の安心・安全にこだわる。政府はTPP発効を前提に「攻めの農業」を強調するが、心に響いてこないという。「外国に打って出ていけるのは一部の農家だけ。みんながもうかるわけではない」

海外でも知名度が高まりつつある三重県の松阪牛。TPPで輸出条件が緩和されれば追い風だが、流通に多額の経費が必要で、少量生産の松阪牛が割に合うか疑問の声もある。競争激化で畜産の効率化が進めば松阪牛のような伝統的肥育法が先細る心配もあり、松阪牛協議会の磯田浩利副会長(55)は「トランプ氏の当選は、TPPに慎重な立場からいえば歓迎」と話す。

ただ、本当に米国が離脱するのか、懐疑的な見方も。盛岡市のコメ農家小笠原憲公(のりゆき)さん(69)は「1人の大統領がこれまでの流れをひっくり返すのは難しいのでは。これでTPPがなくなったとまでは言えない」。

一方、トランプ氏の勝利と承認案の衆院可決は、日本の農業を見つめ直す好機と捉える人もいる。

熊本県嘉島町の農業法人「かしま広域農場」はTPPに対応するため、六つの営農組織を統合して誕生。大型機械や肥料を共同購入するなど合理化を進めてきた。それでも、工藤健一・代表理事組合長(75)は「結局は補助金・交付金頼みで、その財源は関税」と農場の現実を語る。「高齢化も進み、このままでは農業はじり貧になる。TPPがあってもなくても、所得向上のための取り組みを進めていかねばならない」

 

■製造業 「輸出増える」発効を期待

製造業や輸出産業の中には、衆院通過を歓迎する声も多い。

「なんとかTPPを進めてほしい」

名古屋市中川区の住宅街にある町工場。切削工具を生産するオー・ケー・シーの大河内昌彦社長(49)は10日、そう話した。「車や工作機械の輸出が増え、海外移転した工場が国内回帰するかもしれない」と期待しているからだ。

20年前に父親と2人で創業し、トヨタ自動車の関連企業などで部品の製造に使われるドリル状の刃物を手がける。売上高の6割を自動車、2割を工作機械関連が占め、国内製造業の動向が受注に直結する。ここ数年の円安で自動車や工作機械の輸出は好調で、自社の売上高も毎年10%ほど伸びてきた。従業員は17人に増えた。

トランプ氏の当選で、TPPは先行きが見えなくなり、「バブル期のように日本車の不買運動をあおることはないだろうか」と不安も感じる。一方で日本では承認案が衆院を通過した。「参加国への輸出は増えるだろうし、国内製造業が元気になるきっかけになる」と、発効を期待する。

 

■食の安全・医療格差も懸念

TPPには関税撤廃だけでなく、規制緩和やルール統一を図る内容も含まれる。生活や生命を守れるのかについても、あらためて懸念の声が出た。

主婦連合会の山根香織参与は「米国が白紙になるのが濃厚なのに、どうして日本だけ急ぐ必要があるのか」といぶかしがる。主婦連はTPPについて、遺伝子組み換え作物や添加物など食品の安全基準が脅かされると問題視してきた。「急ぐことで逆に不利な立場になるのではないか。国民の理解はまったく深まっていない」

日米関係重視で進んできたTPP議論。元日本医師会会長の原中勝征さんは「米国にやみくもに追従してきたのではないか」と指摘する。原中さんは、TPPが発効すれば、混合診療の解禁を迫られる可能性が高いとみる。「日本の公的医療保険制度は全国どこでも誰でも同じ医療を受けられるもの。TPPで医療格差が広がる」。衆院通過に「なぜ急いできたのか、これをきっかけに国民全体で考えるべきだ」と話す。

 

【写真説明】

農業法人「かしま広域農場」の広大な田んぼで行われた今年最後の稲刈り作業=10月27日、熊本県嘉島町

 

《朝日新聞社asahi.com 2016年11月11日より抜粋》

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