20161024

(進学特集:1)大地が育むエキスパート


2016年10月24日

■さらに学ぶあなたへ

 

大学で何を学び、そして将来どんな道を歩むのか――。大学での最新の学びを2日間にわたって特集します。1日目は、職業に直結する「エキスパート」をめざす現場です。

 

■酪農学園大 おいしい牛乳、理想のエサは?

牧草がウシの体内でおいしい牛乳に変わる秘密は、1番目の胃袋「ルーメン」の働きにあるという。ルーメンの消化の仕組みを学び、健康的においしい乳を生み出せるエサについても調べてみよう――。そんなことを探究するゼミがあると聞き、札幌市近郊の江別市にある酪農学園大学を訪ねた。

朝7時半、シラカバの並木道を抜けてキャンパスに入る。東京ドーム約30個分という敷地の一角の牛舎で、泉賢一教授(45)とゼミの学生たちがエサやりやフン掃除をしていた。

後輩の女子学生に作業を指示しつつ、食べ残しやフンの状態を確認していたのが、循環農学類4年の田村達哉さん(21)と藤井諒也さん(21)だ。

「今日もフンがゆるいな」

「また好き嫌いしてる」

2人は卒論に向け、木材からとった繊維質を固めたペレットなど複数の食材を牧草に混ぜ、エサの評価やウシの体調の変化を見る実験をしている。エサのデンプン質と繊維質のバランス、産後や妊娠中といった体の状態や飼育環境――。様々な要因で乳の量や質は変わる。泉教授は「胃袋が一つだけのブタやニワトリに比べ、四つあるウシの生理学は複雑。胃の中の微生物の働きも含めて未解明な部分がまだ多いのです」と話す。

国内で自給できる高品質で安価なエサへのニーズは高い。輸入の穀物飼料は近年、世界的な異常気象やバイオ燃料への転用などで高値傾向にあるためだ。同大は約170頭の乳牛を飼育しており、その頭数の多さを評価され、企業にエサの開発などで協力を求められる機会が多い。

田村さんは東京出身で、高校まで普通科に通っていた。鳥取県で畜産業を営んでいた祖父の影響で同大へ進んだが、最初はウシに触るのもこわごわだった。「毎日接する中で、性格の違いまで分かるようになった。保守的で、新しいエサに手を出さないのもいて苦労するけれど、一筋縄でいかないからこそ面白い」と話す。来春からは地方自治体で畜産行政に携わる。

藤井さんは、道内の農業高校出身だ。実家も乳牛500頭を飼う酪農家で、卒業後は、酪農家や和牛繁殖農家などにウシの凍結精液を販売する営業マンになる。今夏は田村さんと共に、人工授精師の学内講習も受けた。「農家の経営安定に貢献したい」と意気込む。

理系的なセンスや知識も必要な分野だが、「専門バカにはなってほしくない」と泉教授は強調する。「酪農は人が自然と関わり、自然に生かされていることを実感できる学問だ。生き物や他者への理解、感謝の気持ちを持つことができる人になってほしい」と語る。ゼミ生は男女比も半々で、卒業後の進路も食品や化粧品会社など幅広い。

同大は1933年、日本の酪農の父と呼ばれる黒澤酉蔵(くろさわとりぞう)が創立。「神を愛し、人を愛し、土を愛す」というキリスト教精神と実学教育を基盤とする。現在は学生の約6割が道外出身だ。

竹花一成学長は「実学とは本質を見極め、どんな変化にも対応できる力だ。知識を現場で生かす経験が積めるのは、自然豊かな北海道ならではです」と語る。(前田育穂)

 

【写真説明】

ウシの表情や口元などを見つめ、エサをちゃんと食べているかなどをチェックする

量を調節し、ウシにエサを与える学生たち=いずれも北海道江別市、白井伸洋撮影
《朝日新聞社asahi.com 2016年10月24日より抜粋》

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