工夫続けた農家、異議 改正農薬取締法
食品や動植物由来のものも規制
2003年01月27日
3月施行の改正農薬取締法をめぐり、論議が続いています。アイガモやアヒルなど雑食性の動物は「農薬」扱いされないことになりましたが、無農薬栽培のために農家が工夫して使ってきた、食品や動植物由来のものが「特定農薬」に指定されることへの反発は広がっています。何でもかんでも「農薬」として国が規制することへの疑問や、同法の不十分な点を指摘する声も出ています。(永井靖二)
◆病気の虫利用 罰則の対象に?
千葉県在住の農家の男性(48)は、23年前から野菜の無農薬栽培に取り組んでいる。1.6ヘクタールの畑で年間70品目以上の作物を育て、近隣の約60世帯に直接配達している。
農薬を使わないよう、工夫を積み重ねてきた。
例えば、野菜を食い荒らすヨトウムシ(ガの幼虫)が大発生しそうな時は、病気にかかっているヨトウムシを10匹ほど探してすりつぶし、水に溶かしてもとの畑に散布すると、他のヨトウムシも病気になって駆除できる。海外の資料から見つけた手法だが、関東北部や東北地方にも昔からよく似た方法があることを、あとで知った。
トマトの殺菌にはビワの葉を煮た液体を使う。長男のアトピー性皮膚炎にビワの葉エキスが効いたことにヒントを得た。
いずれも、畑や周辺にある素材を畑に戻す方法で、他の作物や人畜に悪影響が出たことはないという。
農業資材審議会の答申では、男性が使っているものはいずれも「特定農薬」に指定されない見込みだ。農水省は指定が保留された品目は当面、農家が自分で作って自分の田畑で使う限りは規制しない方針だが、審議会では「昆虫の病原体は『特定農薬』ではなく『農薬』として扱うべきだ」との意見も出ている。そうなると正規に農薬登録の手続きをしないと、十数年間続けてきたヨトウムシ対策は「無登録農薬の使用」に該当し、罰則の対象となってしまう。
男性は「無農薬栽培のために苦労して編み出した方法を、一方的に『農薬』の名を冠して規制するやり方には納得がいかない」。食酢は特定農薬に指定される見通しだ。「すし屋は農薬を握っているんですかね」と憤る。
静岡県熱海市の財団法人「自然農法国際研究開発センター」職員の三浦秀雄さん(47)は昨年11月末、特定農薬に該当しそうなニンニク抽出物やツバキ油のかすなど22品目の情報を農水省に報告したが、この14日、提供した資料の撤回を申し入れた。
センターは、有機農産物表示の認定業務もしている。「これまで自分たちが認めてきた栽培方法が否定されることになりかねない。有機栽培への利用が広く認められてきた天然素材まで農薬として規制の検討対象にされることへの抗議の表明です」という。
有機農業の生産者や消費者など26団体は、特定農薬の指定作業の中止を求める決議文を、他の160団体の署名を添えて23日、大島農水相に提出した。
◆使える農薬増 「時代に逆行」
改正農薬取締法では、農薬ごとに使用可能な作物や使い方が省令で決められ、違反者には罰則が科せられる。農薬を合法的に使うためには、公的機関による作物への残留試験などが必要で、1作物当たり約300万円の費用がかかる。
生産量が少なく、採算がとれないとの理由で残留試験を受けておらず、現状では限られた農薬しか使えない作物も多い。農水省はそれら「マイナー作物」に使える農薬を一気に増やす方向で動いている。
農水省が調べたところ「マイナー作物」はアスパラガス、イチジク、春菊、ズッキーニ、ニガウリなど約300あった。このうち豆類、漬物用ウリ類、アブラナ科葉菜類など、食べる部位が共通で種が近い約120の作物は、11グループに分け、一括して扱い、それ以外は、都道府県が分担して残留試験を進めるよう農水相が指導することになる見通しだ。
これを市民団体「反農薬東京グループ」代表の辻万千子さんは「農薬メーカーの販路を拡大する施策。環境中の人工化学物質を減らそうという世界の潮流に逆行する」と批判している。
茨城大の中島紀一教授(総合農学)は「農薬取締法には、48年の施行当初の農薬メーカーを指導・育成する性質が今も残っており、消費者が知りたい毒性などの問題への取り組みが不十分。有機農業に規制の枠を広げる前に、まず毒性情報の公開を徹底すべきだ」と指摘している。
道路や河川敷、駐車場などに使われている除草剤が同法の規制対象外であることへの市民団体の反発もある。農水省は当初、それも規制できないか検討したが、農水省が所管する「農地」でないため、断念したという。
◇ ◇
―改正農薬取締法―
無登録農薬は、従来禁じられていた販売に加え、製造・輸入・使用も禁止されたため、これまで使われていて原材料から人や動植物に害がないと明らかなものは「特定農薬」に指定し、引き続き使用できるようにした。農水省が候補に挙げた約740項目のうち何を特定農薬に指定するか決める農業資材審議会は、重曹、食酢、害虫に寄生するハチなど約120を指定▽牛乳や米ぬかなど約600は判断を持ち越し再評価▽アイガモなどは農薬の枠に入れない――との方針を固めた。30日に農水・環境相に答申される。
■ 特定農薬に該当するかどうか判断が持ち越される見込みの主な品目と用途 ■
《植物由来のもの》
木酢液(野菜や果樹の殺菌・防虫)、ニンニク抽出物(野菜の殺菌・防虫)、トウガラシ抽出物(同)、コーヒー抽出物(ナメクジ駆除)、大豆の抽出物(同)、ツバキ油(同)、茶の葉抽出物(同)、茶の実抽出物(野菜の害虫駆除)、米ぬか(水田の除草)、ふすま〈麦の外皮〉(野菜の病気抑制)、大豆油(アブラムシ駆除)、ナタネ油(同)、活性炭(水稲や野菜の病気抑制)、植物灰(アブラムシ駆除)、渋柿のすりおろし(野菜や果樹の病気抑制)
《動物由来のもの》
牛乳(アブラムシ駆除)、粉ミルク(野菜の病気抑制)、発酵乳(ナメクジの誘殺・病気抑制)、魚を発酵させたもの(野菜の病害虫抑制)
《食品由来のもの》
焼酎・泡盛(他の品目のエキスを溶かし出す溶媒)、ビール(ナメクジ誘殺)、糖蜜(病気の抑制)
《化学製品》
硫黄(殺菌)、エタノール(同)、食塩(殺菌・病気抑制)、ナフタレン(施設野菜や水田の殺菌・防虫)、木工用ボンド(果樹の病気の抑制)、せっけん水(殺虫)
《鉱物質など》
ケイソウ土(殺虫)、水耕栽培用の銅・銀(殺菌)、海水(野菜や米の病気抑制)
(01/27)
《朝日新聞社asahi.com 2003年01月27日より引用》