20160929

《朝日新聞デジタル》(地球を食べる)イタリア幻の豚の復活


2016年09月29日

■チンタ・セネーゼのオーブン包み焼き4種@シエナ

 

ラードを巻いた豚のフィレ肉の包み焼きを口に入れると、濃厚なうまみが口全体に広がった。

しつこさはまったくなく、それでいてうまみが強い。前の出張先から飛行機の遅れなどで10時間近くもかかった移動の直後だったが、あまりのおいしさに疲れが一気に吹き飛んだ。

使われた豚肉は、「チンタ・セネーゼ」と呼ばれるイタリアの固有種。流通量の少なさから幻の豚肉とも言える存在だ。食材の豊かさを誇るイタリア中部トスカーナ地方が誇るブランド豚肉でもある。

スペインにイベリコ豚があるなら、イタリアにもきっとブランド化された豚がいるはず……。そんな安易な考えで調べ始めて、たどり着いたのがこの豚だった。

「シエナのレストランでも、チンタ・セネーゼのメニューが常にあるのは、10軒に1軒ぐらい。普通のスーパーマーケットでは見つけにくい」と話すのは、地元シエナでレストラン「イル・マルボルゲット」を経営するシエナ料理人協会長のジュゼッペ・フェラーロさん(41)だ。おすすめの料理をお願いすると、先の料理チンタ・セネーゼのフィレ肉オーブン包み焼き4種を作ってくれた。

シエナでは、チンタ・セネーゼを「ラグー」と呼ばれるミートソースにしたり、生ハム、サラミ、ソーセージにしたりするのが一般的だ。でもフェラーロさんの流儀はひと味もふた味も違う。ズッキーニの花、ホウレンソウ、パン粉、ラードですき間なく包み、100~110度のオーブンで約2時間半じっくり。こうすることで、うまみがとじこめられ、チンタ・セネーゼの味わいを存分に楽しめるという。

「赤身の風味が他の豚より強く、豚として小ぶりだけれどもその分だけ、味が締まっている。料理人にとってこの肉を扱えるだけでも刺激的。それだけ貴重な食材なんだ」

なぜ幻なのか。チンタ・セネーゼは紀元前からイタリアで家畜として飼われ、食されてきた。だが1950年代に英国やデンマークから多産で成長の早い品種が入ってきた。多くの畜産農家は、そちらに飛びついたのだ。

外来種がメス1頭当たり15~16頭の子どもを産むのに対し、チンタ・セネーゼは6~8頭。広大な山林が必要なチンタ・セネーゼに対し、外来種は狭い豚舎でも飼うことができる上、成長のスピードも2倍早い。1960年代にフィレンツェ大学、トスカーナ州などが保護に乗り出した頃には、原種はわずかオス2頭にまで減っていたという。「血が濃いと見られる豚もわずか100頭。絶滅の危機だった」とチンタ・セネーゼ生産保護協同組合のキアラ・サンティーニ組合長(45)は言う。

組合によると、1950年代にはイタリア固有の豚が全国に21種あったとされるが、交配が進み、現在でも残るのは、チンタ・セネーゼなどわずか6種に過ぎないという。

保護に乗り出してから約30年。1990年代に入って、ようやく生産農家がイニシアチブを取って販売できるほどに回復し、2000年代になって安定供給できるようになった。イタリアの原産地名称保護制度DOPを取得したのも2015年になってからだ。

現在、組合に所属しているのは83戸で、全体で8千頭が飼育されている。完全放牧で、山に自生するクリやドングリ、山桃などを食べる。冬季に雪が降っても、仮の豚舎は設けてあるものの、農家が豚を小屋に誘導するようなことはせず、ほぼ自然の形で育てる。さらに1ヘクタールの山林当たり合計体重1500キロまでという条件があるため、総数制限を取らざるを得ない。「予防接種などはするが、ノブタのように育てないといけない」と500頭を飼育するステファノ・ゴベルニさん(51)は言う。ゴベルニさんは毎月120キロほど日本に輸出しているものの、生産できるのは、組合全体で年3500~4000頭に過ぎない。サンティーニ組合長は「必ずしも数量を増やすことは考えていない。養豚はトスカーナの自然保護のためでもあり、自然と食生活を共生させるためだ」と話す。そのため、チンタ・セネーゼで作った生ハムはふつうの豚肉の8倍もの値段になるという。

南部カラブリア州出身のフェラーロさんが初めてチンタ・セネーゼを食べたのは2003年。料理人でもなかなか手に入らず、27歳の頃だった。料理人協会の前会長が作ってくれたラグーを口にした。「強烈な滋味を感じた」。その時の衝撃はいまでも忘れないという。「食はやはり地産地消。ぜひトスカーナに来て、みなさんも味わって欲しい」(シエナ(イタリア)=河野正樹)

 

《朝日新聞社asahi.com 2016年09月29日より抜粋》

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