農水省「体細胞クローン牛は安全」
未完の技術,残る不安
2002年08月21日
体細胞クローン牛のすき焼きを食べる日が近いかもしれない。農林水産省が「一般牛との差は認められない」と発表したからだ。最終判断は厚生労働省に委ねられるものの,体細胞クローンには流産や死産が多く,確立した技術とは言えない。[安全」の根拠は何か。
●実験は14週間
「食べて影響が出るかどうか,世界で初めて動物実験で調べた。この結果は,夢の技術を進めていく上で意味がある。」
農水省畜産技術課の担当者は,実験データを手に力をこめた。
実験は外郭団体の畜産生物科学安全研究所が担当した。
体細胞クローン牛の血液や肉,生乳の成分を一般牛と比較。生乳や肉を粉にし,量を変えてえさに混ぜ,14週間,ネズミに食べさせて生育状況を調査した。
先例がない実験で、食品添加物などの毒性を調べる方法を参考にした。
●解禁国はゼロ
体細胞クローンは,核をとった未受精卵に個体の体細胞の核を移植して作り,その個体の遺伝情報をそのまま引き継ぐ。97年に英国で哺乳(ほにゅう)類初の体細胞クローン羊「ドリー」の誕生が発表され,研究に火がついた。
牛では日本が98年に初めて成功。38機関で312頭が誕生し,140頭を飼育中だ。
クローン技術には分割した受精卵から作る受精卵クローンもある。それによる牛は日本でも安全性を確認,数年前から食用として流通している。
しかし、体細胞クローン牛を「解禁」している国は、まだない。
旧厚生省(厚労省)も00年,「安全性を懸念する科学的根拠はない」との中間報告をまとめた。主な理由に,無事に生育した牛は一般牛と変わらない▽新しく病原物質が生産されることは考えにくい,を挙げた。
農業技術研究機構畜産草地研究所(茨城県茎崎町)の塩谷康生・家畜育種繁殖部長は「出荷される2~3歳まで順調に育った牛の肉や乳は,普通の牛と区別がつかない」と話す一方で,「畜産技術として確立するには多くの課題が残っているのも事実」と指摘する。
●備え求める声
ドリーを誕生させたイアン・ウィルムット博士は「すべてのクローン動物に異常がある可能性がある」と発表。鹿児島県などの研究チームは誕生直後の死亡で「性染色体遺伝子の働きの異常」を報告した。国内の研究者には「世代を重ね、生涯を全うするかどうか見届けたい」との声もある。
安全調査にかかわる厚労省研究班の熊谷進・東京大教授(獣医公衆衛生学)はこう指摘する。
「今のところ安全性を危惧(きぐ)する根拠はないが,万が一,異常が見つかることもあるかもしれない。素早く対応できる仕組みがあるといい」
《朝日新聞 2002年08月21日より引用》