(今さら聞けない+)熟成肉 アミノ酸増え、うまみが濃縮
2016年09月03日
しばらく寝かせてうまみを増した「熟成肉」を目にする機会が増えました。肉専門店だけでなく、身近な飲食店のメニューにも登場しています。脂身の少ない赤身肉を使うことが多く、人気の背景には健康志向もあるようです。一体、どんな肉なのでしょうか。
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熟成肉の作り方を探ろうと、食肉市場で仲買業務を手がける小川畜産興業(東京都港区)を訪ねました。取締役本部長の高木聡さんに案内されたのは巨大な冷蔵庫。温度1度前後、湿度70~80%に調節された約75平方メートルの室内ではいくつもの扇風機が回り、棚に置かれた牛肉に風を当てていました。
「これが40日間熟成した牛肉です」と高木さん。肉の塊は黒ずみ、白い綿毛状のカビがふさふさと生えています。ただ、室内に生臭さやかび臭さはなく、ナッツのようなまろやかな香りが漂っていました。
こうした手法は、「ドライエイジング」といいます。温度、湿度を一定に保った熟成庫内で風を当て、乾燥させながら熟成します。時間とともに肉が持つ分解酵素の働きで、たんぱく質が分解されてうまみ成分のアミノ酸に変わり、さらに繊維がほぐれて肉質も軟らかくなります。また、風や表面に付着したカビの効果で、肉の余計な水分が飛び、うまみが凝縮されるといいます。
小川畜産が依頼した研究機関の分析によると、40日の熟成を経た赤身の牛肉のアミノ酸は5~6倍に増え、軟らかさも2割程度増えていました。高木さんは「硬くてステーキでは食べられない乳牛でも熟成すると驚くほど軟らかくなる」と話します。
一方で、熟成中に水分が抜けて縮むほか、表面のカビを削って出荷するため、3割ほどは食べられない部分になります。手間もかかり、店頭価格は通常よりも2~3割ほど高くなるといいます。
飲食業者らの任意団体「日本ドライエイジングビーフ普及協会」の加盟者は、年々増えています。協会によると、ドライエイジングは、赤身肉をおいしく食べるために欧米で発展しました。豚肉や牛タンを寝かせた熟成肉もありますが、牛の赤身を使うことが多いようです。人気の背景には、健康志向や高齢化などで脂身の少ない赤身への関心が高まっていることが挙げられます。
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熟成方法は、ほかにもあります。肉を真空パックにしたり、布で包んだり、乾燥を抑えながら低温で数週間寝かせる「ウェットエイジング」。ロイヤルホストなどのファミレスのほか、牛丼の吉野家などで使われています。
一方で、精肉店の伝統的な熟成法もあります。枝肉のまま、低温・多湿で風を当てずに熟成させる「枝枯らし」と呼ばれる手法です。東京・田園調布で2008年に開店した熟成肉専門店「中勢以(なかせい)」では、但馬牛を枝肉のまま、2カ月ほど熟成しています。
ただ、熟成肉といっても、熟成作業の方法は業者によってまちまちです。熟成肉の定義も定まっておらず、自己流で作った肉を「熟成肉」として提供する店もあるといいます。適切な環境で管理しないと、有害な微生物が発生して食中毒も懸念されるため、衛生面のルールを求める声もあります。
そこで、農林水産省はブームとなっている「ドライエイジングビーフ」の規格化を検討しています。日本農林規格(JAS)の品目に追加し、製法や完成の状態などを定める方針です。
日本ドライエイジングビーフ普及協会も、自主基準を設けて技術認定を進めています。同会の佐野佳治副会長は「腐敗と熟成は紙一重。食中毒が起き、イメージが悪くならないか心配だ。熟成肉が肉を食べるときの選択肢として広がってくれれば」と話しています。
■記者のひとこと
都内の飲食店で、20日間熟成した肉を食べてみました。かむと肉質は軟らかく、濃い肉の味が口の中に広がります。適度な脂身であっさりしていて、思ったよりたくさん食べてしまいました。200グラムで3400円。仕事を頑張ったときのご褒美に、また来ようと思いました。(黒田壮吉)
【図】
熟成肉なぜ人気?
《朝日新聞社asahi.com 2016年09月03日より抜粋》