クローン技術、壁と謎 研究の最前線を探る
2002年05月22日
ある動物と同じ遺伝情報をもつ動物をつくるクローン技術。とくに体細胞を使うものは医学をはじめ様々な応用をめざす研究が進む。だが、成功率は低く、臓器や組織に異常も多い。なぜクローン動物づくりが可能なのか、謎解きは始まったばかり。生命倫理上の問題もある。米国を中心に研究最前線をレポートする。
(ワシントン=大牟田透、瀬川茂子)
焦点の一つはクローン胚(はい)から胚性幹細胞(ES細胞)をつくることだ。ES細胞は万能細胞ともいわれ、体のどんな細胞にもなり得るとされる。
米バイオ企業アドバンスト・セル・テクノロジーはすでに人クローン胚を作製。サルでES細胞をつくった。この技術を組み合わせると――。
心臓病患者の細胞でクローン胚を、それからES細胞、心筋細胞と順につくり出していけば、その患者の治療に役立つと期待される。
一方で、こうした技術への批判も根強い。ES細胞は受精卵を壊してつくる、クローン技術はクローン人間づくりが懸念される……などだ。
同社のロバート・ランザ副社長(45)は「多くの人の治療に道を開くという点で、体外受精以上に大きな意義がある。医療や農業への応用を目指しているだけで、クローン技術を生殖目的に使うのは反対だ」と話す。
同社は、サルのクローン胚からES細胞を、ES細胞から様々な細胞を作製し、人クローン胚でES細胞づくりに取りかかっているという。
さらに未受精卵を刺激するなどして核移植なしに「クローン胚」を得る新手法も開発した。
■ ■
人に移植しても拒絶反応が少ない臓器をもつ動物をつくったり、治療に必要なたんぱく質を動物につくらせたり。クローン技術と遺伝子操作技術の組み合わせで医療に新たな可能性が広がる。
英バイオ企業PPLセラピューティクス社などは、人に移植しても、異種移植特有の激しい超急性拒絶反応を抑えられそうな「遺伝子操作クローン豚」をつくった。
豚は心臓などの大きさが人とほぼ同じ。感染などの問題もあるが、うまくいけば移植する臓器の不足を補う技術になる。
アドバンスト・セル・テクノロジーは昨年、水牛に似たガウルのクローンを誕生させた。 ガウルは絶滅が危惧(きぐ)される。凍結保存されていた皮膚細胞の核を、近縁の牛の未受精卵に移植。子どもは2日ほどで死んだが、動物の保護につながると注目された。中国とパンダのクローンについても協議中という。
米ジョージア大などは4月、処分して2日後に採った牛の腎臓周辺の細胞でクローンを誕生させたと発表した。「将来、最上の肉質を持つ牛のクローンをつくることにつながる」としている。
しかし、クローンの成功率は低く、採算がとれるように上げなければならない。クローンをつくりやすい細胞探しなどの研究が続く。
■ ■
日本もクローン研究は盛んだ。明治大などはクローン豚をつくろうとしている。クローン牛も数多く生まれている。
しかし、体細胞クローン動物は、流産や死産のほか、生まれて間もなく死ぬものも少なくない。
農業技術研究機構動物衛生研究所の調査では死んだクローン牛は、出生時の体重が重すぎたり、胎盤や甲状腺、免疫などに様々な異常があったりしていた。だが、原因はわかっていない。
通常の受精とクローン技術の何が違うのか。
塩田邦郎・東京大教授らはクローンマウスで、遺伝子のスイッチにかかわるメチル化に異常があると報告している。
生命はふつう、精子と卵子が受精し、DNAに刻まれたプログラムが順に動きだして生まれる。
クローンは、プログラムに沿って特定の役割を果たしている体細胞の核の状態を、役割を担う前の、まだいろいろな細胞になり得る状態に無理にリセットする。
石野史敏・東京工業大助教授と小倉淳郎・理化学研究所室長らは、リセットするものと、しないものを詳しく分析している。 米国の研究グループは「特定の遺伝子がクローンの成否を分けている」と発表している。
クローン技術と通常の受精。その違いが少しだけ見えてきた。なぜ、違うのか、解明はこれからだ。
<クローン胚とES細胞> クローン胚は、未受精卵の核をとったあとに、体細胞の核を移植(核移植)して作製。ES細胞はふつう、受精卵が少し育った段階で中の細胞の塊を取り出し培養してつくる。この二つの技術を組み合わせ、クローン胚からES細胞をつくれば、個々の患者に応じたさまざまな細胞づくりができると期待される。
《朝日新聞 2002年05月22日より引用》