豪州のWAGYU
オーストラリアで和牛が育てられ,日本に逆輸入されている。そんな話を聞き,現地に飛んだ。(田村 隆昭)
代理母から逆輸出
売れる肉,突き詰めて
2002年05月11日
シドニーから約200キロのウエストホルム牧場。草をはむ牛だちは,いずれも黒光りの毛に小ぶりな体だ。日本で見るのと同じ黒毛和種だった。
「精子と卵子を米国経由で日本から輸入し,受精卵を作って豪州産牛の腹を借りて育てる。手間と費用がかかるが,完全なWAGYUが生まれるんだ」。牧童は,「和牛」を日本風の発音で呼んだ。
KUROGE(クロゲ)と呼ばれる黒毛和種の子牛が,色も姿形も違うアンガス種やヘレフォー ド種の「母親」に寄り添っていた。
クリス・ウォーカー社長は日本に「和牛」を輸出し始めて2年になるという。大手CD販発会社HMVの北米と香港の責任者を務めるかたわら故郷で牧場を営む。
「日本には、豪州産和牛と豪州牛をかけ合わせた交雑種を日本産の和牛として売っている会社があるのではないか」。ウォーカー社長は驚くべき話をした。社長自身も日本の会社から持ちかけられたことがあるという。
豪州の牛肉の輸出総額は41億豪ドル(約3千億円)で,うち4割以上を日本が占める。売れる牛肉を突き詰めて,行き着いたのが和牛だった。
日本の国産牛の食肉処理数は85年の約158万頭を頂点に減少傾向にある。今や国内の消費量の3分の1ほ豪州産牛が占める。
そのためか日本の偽装牛肉事件について豪州の関係者の口は重い。若い牧場主は「取引先の社名は書かないでほしい。どんな影響があるかわからないから」と話した。
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オーストラリア南東部のアーマデールから車で約1時間半。レンジャーズバレー牧場は,「谷」と名前がつくが,草原が広がっていた。
一連の偽装牛肉問題の発端となった雪印食品関西ミートセンター(兵庫県伊丹市)は,ここから輸出されてきた牛肉を国産と偽った。
この牧場は,優秀な肥育牧場の賞を受けたこともある。現在は日本の商社が経営している。責任者のマルコム・フォスターさんに取材を申し込んだが,「事件とは何の関係もない。売り上げも落ちており,これ以上被害を受けたくない」と断られた。育てた牛が,日本で悪用された無念さが感じられた。
輸入,3ヵ月育てれば「国産」
日本向け豪州産牛肉の7割近くは,オーストラリア東部のブリズベン港から出荷される。
「周辺が温暖で生産しやすいし,日本企業の子会杜も近くにあるからさ」と,イアン・ピーターソン同港営業部長は説明する。船は10日前後で横浜や大阪,神戸に着く。
「どうすれば日本の消費者が好む牛肉を作れるか」は,豪州の食肉産業の人たちにとって大きな関心事だ。
宮崎県高千穂町で和牛を肥育し,地元農協の畜産部長を務める甲斐健一さんは昨年7月,20年ぶりに豪州を訪れた。メルボルン近郊の牧場で育つ「和牛」を見た。質の向上に驚いた。「日本人の指導を受け,同じエサを使い,日本に的を絞っている。まだ肉質では及ばないが,いずれ脅威になるだろう」
日本ハム(大阪市)や伊藤ハム(兵庫県西宮市)など日本の食品会社や商社は91年の牛肉輸入自由化後,豪州の子会社での生産に力を入れた。現地の牧場や食肉処理場で大量生産し,コストを抑えて日本に直送する。
豪州から生体で日本へ輸出される牛もいる。ほとんどは,日本の牧場で育てられた後に市場に出る。農水省告示により,日本で3ヵ月より長く育てれば,高く売れる「国産」と銘打っていい。
「松阪牛が日本中で食べられるなんておかしいんですよ。本物はわずかしか生産されていないんだから」。和牛の精子を3年前まで海外へ輸出していたイー・ティー・ジャパンの居森大岡杜長は,そう指摘する。
食肉のプロたちは,日本で好まれるように品質を上げた豪州産牛肉と,産地偽装を可能にする日本の制度を悪用した。我われ消費者が「国産」の表示や,有名銘柄に本来の価値以上にこだわれば,偽装はこれからも続くだろう。
偽装,豪では無理?
小売りまで「身元」管理
豪州で産地偽装は考えられない。牛1頭ずつの生育,食肉処理,流通が小売りまで記録されるからだ。
南東部マンジュラマのガイ・フィッツハーディングさんの牧場では約3500ヘクタールの敷地で3千頭を放牧する。1頭ずつ耳にプラスチックの札をつけ,番号と生年や種牛の種が記されていた。データベース化し,日本の消費者に好まれるよう,霜降りなど肉質の向上について近くのニューイングランド大と協力してもいた。肉は流通段階で問題が起きても牛の身元が判別できるよう,DNAのサンプルも採取される。
「この国では政府として生産者に補助金を出したりしない。関与すると業界を変えてしまうことになるからね」。農水林業省のポール・サットン羊毛酪農部長は言った。
《朝日新聞 2002年05月11日より引用》