20020313

動物と合体、ホウレンソウブタ(なぞ不思議ミステリー) 【大阪】


2002年03月13日

ホウレンソウブタというなぞの動物が出現した。「なんだ、それっ……」。近畿大などが、肉質の改良を目指してホウレンソウの遺伝子を組み込んだブタだという。遺伝子組み換え技術は微生物や植物で商業利用されているが、応用された動物を食べてより健康になるという日が本当に来るのだろうか。危険はないのだろうか。

和歌山県海南市の近畿大先端技術総合研究所。そこに、ホウレンソウの遺伝子が組み込まれたブタが5頭いた。

最年長は3歳半の雌ブタ「オリーブ」。遺伝子組み換えで最初に生まれた第1世代だ。

「もっと長く飼育して、遺伝子組み換えの悪影響が出ないかどうか、注意深く観察します」と、加藤博己講師は話す。

同じ第1世代には雄の「ポパイ」もいたが、ポパイとオリーブの子はいない。残りの若い4頭は、ポパイと普通のブタの血を引くポパイの孫だ。

5頭が暮らすのは、室温約20度に設定された38平方メートルの二つの部屋だ。

ブタは部屋から出られない。空気はフィルターを通して換気し、窓は開けない。尿やふんも殺菌、浄化の後に残った固形物を焼却する。

文部科学省の「組み換えDNA実験指針」では、組み込んだ遺伝子が外へ広がらないように求めている。カやアブが出入りして血を吸ったり、微生物を介して持ち出されたりしないように細心の注意が払われている。

■健康を志向

なぜ、ホウレンソウブタをつくるのか。

豚肉は美味だが、動物性脂肪に多い飽和脂肪酸は、人体の総コレステロールや中性脂肪を増やす。一方、適量の不飽和脂肪酸は、これらを下げる効果がある。

ホウレンソウには、ブタや人にない「FAD2」という酵素の遺伝子があり、体の中で、不飽和脂肪酸の一種のリノール酸をつくる働きをする。

「豚肉にも不飽和脂肪酸があるが、これを増やすことで、より健康に良い肉を提供できると考えた」。研究グループを引っ張る入谷明・近大生物理工学部教授は、オリーブたちを育てる目的をこう説明する。

ブタの受精卵に細いガラス管を刺してFAD2遺伝子を注入。卵を雌ブタの子宮に戻し、妊娠・出産させた。

その結果、遺伝子組み換えブタの不飽和脂肪酸の割合は、普通のブタより20%ほど高くなった。

ある動物に違う種類の動物の遺伝子を入れた例はあったが、植物の遺伝子を入れて働かせたのは世界でも初めてだ。

だが、遺伝子組み換えがうまく行くのは、100頭生まれてもそのうち1~3頭ほどと少ない。効率は良くないが、遺伝子が一度組み込まれれば、後は普通の交配で伝わっていく。

他の遺伝子はブタに入れていないので、ブタが緑色になったりはしなかった。が、思わぬ変化が起きないか、なお観察が必要だ。

■末路は焼却

遺伝子組み換え食品は、実用化が先行する植物でも消費者の不安が大きい。除草剤や害虫に強い性質を遺伝子組み換えで入れた大豆やトウモロコシなどを原料とする食品は、昨春から安全審査や表示が義務づけられるようになった。

だからこそ、研究グループは、健康にいいというイメージのあるホウレンソウの遺伝子を使った。ただし、文科省の実験指針が実験終了後の動物を焼却するように求めているため、研究員らもホウレンソウブタの肉はまだ、食べていない。

将来、肉を食品として販売するには、国の安全に関する指針や基準をクリアしていく必要がある。だが、ブタなどの大型動物ではまだ、それも定められていない。

研究グループの佐伯和弘・助教授は「まだ、改良の余地があるので、食べるにしても先の話。かなり長い道のりですよ」と話している。

(科学部・米山正寛)

●将来見据え、技術確立に意味

動物の生殖工学技術に詳しい今井裕・京都大教授の話 植物の遺伝子が動物でも働くことを確認でき、研究としては重要なステップだ。家畜の肉質や体の大きさなどには多くの遺伝子が関係しているため、組み換え技術による改良はうまくいっていない。将来の食糧事情などを考えると、こうした技術を確立しておく意味はある。

<遺伝子組み換え動物> 哺乳類(ほにゅうるい)の遺伝子組み換えは80年代初めにマウスで実現。組み換えた動物は実験に使われているほか、人のたんぱく質の遺伝子をウシやヒツジの乳腺(にゅうせん)で働かせ、医薬品をつくる研究も活発だ。ブタは臓器移植目的での研究が多い。ブタの臓器を人に移植した際に起きる拒絶反応を抑える工夫をしている。受精卵など生殖細胞を使った人の遺伝子組み換えは、国内では遺伝子治療臨床研究に関する指針などにより禁止されている。

【写真説明】

遺伝子組み換えブタ「オリーブ」。体内でホウレンソウの遺伝子が働き、脂肪の組成が変化した=和歌山県海南市の近畿大先端技術総合研究所で

 

《朝日新聞 2002年03月13日より引用》

 

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