20010911b

「影響どこまで」…懸念も 国内初、狂牛病の疑い(時時刻刻)


2001年09月11日

国内で初めて狂牛病に感染した疑いをもつ乳牛一頭が10日、千葉県内で見つかった。農水省は同日、対策本部を設置するなど対応に追われたが、感染ルートなどは不明のままだ。「どこまで影響がでるのか……」。地元の生産者らには風評被害への懸念が広がっている。(1面参照)

○「断定でない」強調 農水省

農水省3階の記者クラブには、記者会見が開かれる約1時間前から報道陣が集まり始めた。

午後6時半、永村武美畜産部長らが100人近い報道陣を前に会見を始めた。緊張した面もちで、狂牛病と疑われる牛が発見された経緯や、今後の対応について発表資料にもとづいて約10分間にわたって話した。

過去に農産物に関するダイオキシン報道による風評被害が発生したこともあり、永村部長は「現段階では狂牛病と断定できていない」と繰り返し強調し、慎重な報道を求めた。

発表では牛が飼われていた農場の場所について、「千葉県内」としただけで詳細な場所の公表は避けた。報道陣からは再三にわたって明らかにするよう求められたが、「まだ千葉県から報告を受けていない。明日以降、(場所について)明かせることは明かしていきたい。ただし、プライバシーを考慮する」と生産農家への配慮をにじませた。

国際的な関心事とあって、会見場にはロイターなど海外メディアの記者たちの姿もあった。イタリア人ジャーナリストは「これを機にすべての牛を検査すべきでは」とただし、「うちの所管ではない」との答弁に、「そんなんじゃ遅くなっちゃうよ……」とブツブツつぶやいていた。

○「人に感染、まずない」 厚労省

「この牛がもし狂牛病と確定しても、乳や肉を食べて感染することはまずないだろう」。10日夜、会見した厚生労働省食品保健部の高谷幸・監視安全課長は、消費者の不安を振り払うかのように言い切った。国際保健機関(WHO)が96年、乳による感染危険性を否定。肉にあたる骨格筋も「危険性はほとんどない」としている。

今後は、検査態勢の強化などを検討する。現在の検査対象は、神経症状のみられる牛のみ。しかし、健康にみえてもまだ発症していない潜伏期間の可能性があるため、来年度から一定割合での「抜き取り検査」などを実施する予定で、関連経費3億7千万円を予算要求したところだった。

国内で疑いのある牛が現れたため、11日に専門家会議を開き、これらの施策の前倒しを検討する。食肉処理のあり方なども検討課題となる。

医薬品などについては昨年暮れに、発生数の多い欧州産を中心に、「危険性が高い部位」とされる脳や胎盤、せき髄、腸などの使用を中止するよう指導した。胎盤は「プラセンタエキス」として「美白」化粧品などに使われていたが、メーカーはその後、豚など感染危険性のない動物の胎盤にするなどの変更措置を取っている。また血液感染を防ぐため今春から、英国など7カ国に半年以上滞在したことのある人からの献血を断っている。

○消費者は安心して

<狂牛病に詳しい山内一也・東大名誉教授(ウイルス学)> 狂牛病(BSE)の原因とされるプリオンは脳や骨髄には含まれるが、牛乳や食肉には含まれないので消費者は安心していいでしょう。

欧州のBSE騒ぎは、日本で起きても不思議はなかった。80年代末から、英国は汚染されていたかもしれない牛の肉骨粉を各国に輸出した。日本にも96年まで反すう動物の飼料用に年に数トン程度輸入されていた。BSEの潜伏期間は5~8年なので、ちょうど今ごろ発生があってもおかしくない。

発生の原因が英国からの肉骨粉だとすると、散発的な発生はあっても、大きくまん延することは考えにくい。

○牛乳の出荷、停止はせず 千葉県

「2回目の検査でマイナス(陰性)と言えない結果が出た」

10日午後3時45分、千葉県に農水省の担当部署から連絡が入った。すぐに同県白井市の個人酪農家の牧場に職員を派遣。

生乳生産量全国3位の酪農県。情報は県内の関係機関に瞬時に伝わった。千葉酪農農業協同組合には午後6時すぎに連絡が入った。「千葉だけではなく、関東近県には大きな影響が出てくるかもしれない」。事務所にいた職員は不安げだ。

午後6時半から県の記者会見が始まると、担当者は「牛乳には影響がないし、肉は廃棄しているので問題はない」と繰り返した。問題の牛が見つかった牧場からの牛乳の出荷については、「問題があるから停止したと疑われる」のを避けるため、停止する指導はしないと説明し、安全性を強調し続けた。

○肉骨粉使用の抑制を指導 農水省、96年から

農水省の家畜飼料に関する実態調査によると、乳牛用の配合飼料の原料の割合は、とうもろこしが37%と最も多く、次いで大豆油かす12%などとなっている。とうもろこしは100%輸入で、配合飼料全体(原料ベース)で見ても、約9割が輸入されている。

飼料課によると、欧州委員会が狂牛病の感染源と見ている「肉骨粉」については、国内では96年に乳牛・肉牛用の配合飼料に使うのを控えるよう指導しているほか、それ以前からほとんど使われていないという。

○消費者対応を首相が指示

千葉県内で狂牛病に感染した疑いのある乳牛が発見されたことについて、小泉純一郎首相は10日夕、首相官邸で武部勤農水相に対し、目やせき髄などを除いては感染の恐れがないことを広報するなど、消費者が安心できるような対応をとるように指示した。

○欧州委「日本の意向尊重」 農水省「EU基準」を拒否

【ブリュッセル10日=久田貴志子】欧州連合(EU)の欧州委員会では、狂牛病の拡大を防ぐため、EUはもちろんEU以外の国についても危険度の調査を行い警告を発してきた。日本についても調査を進めていたが、6月ごろ、日本から申し入れがあり、中止したことがわかった。

同委員会などによると、狂牛病の大きな原因は、牛や羊のくず肉や内臓、骨などから作る飼料「肉骨粉」だとみられている。肉骨粉は欧州域外にも輸出されていたため、同委員会では、非EU国での肉骨粉の使用状況などの情報を自主的に提供してもらい、危険度の評価を行っている。

同報道官によると、今年前半には、日本からも関連するデータが提出され、分析を進めていた。しかし、6月ごろ、日本側から調査への協力を断る申し出があったため、中断したとしている。中断の理由については、「日本の意向を尊重した」と、明らかにしなかった。

農水省の永村武美畜産部長の説明によると、EUによる感染調査では、日本は感染リスクが高い国と評価される可能性が出てきたことから、調査の続行を断った。理由について永村部長は「日本国内では発生していないにもかかわらず、EU独自の基準でリスクが高いと評価されてはたまらない。現在はEUも国際獣疫事務局(OIE)の基準にあわせて改める動きがあると聞いている」と述べ、今後、新しいEU基準が固まれば評価を受ける可能性を示した。

その一方で、「言葉は悪いが、イギリスを中心に(狂牛病を)世界中にばらまき、その後、自国内の感染対策が進んでからは、他国からブーメランのように(感染源が)戻ってくることを防ごうという視点がうかがえる」と、EUの調査に対する不信感をあらわにした。

OIEは、家畜の伝染性疾病の発生情報を収集して加盟国に提供し、家畜に関する衛生基準を定める国際機関。

○英国を中心に18万頭に発生 人感染は105例

国際獣疫事務局(OIE)によると、狂牛病が発生しているのは18の国と地域で、18万数千頭に及ぶ。この大半が英国で発生している。感染した牛や牛の肉骨粉などを原料とした飼料を輸入したとみられる欧州各国、カナダ、オマーン、アルゼンチン沖のフォークランド諸島にも広がっている。

89年、英国は牛の内臓などの食用を禁止。96年3月に「新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の患者との関連が疑われる」と発表し、感染経路と見られる動物性飼料の全面禁止令を出した。英国内では92、93年をピークに減少しているが、各国で次々と感染が確認された。

人が感染したとみられる新変異型ヤコブ病は、世界保健機関(WHO)によると今年6月までに計105例。英国が最も多く、101例。フランスで3例、アイルランドで1例報告されている。

○欧州、試行錯誤続く 農家救済混乱回避

欧州は80年代から狂牛病と格闘している。食卓の不安に直結する問題だけに、対策は感染防止にとどまらない。欧州の試行錯誤が示すのは、育牛農家の救済や社会的なパニックの回避も視野に入れなければならない、という点だ。

狂牛病の震源である英国では、発病が疑われる牛は牧場ごと隔離され、政府によって処分される。これまでに処分された牛は20万頭を超える。政府は各自治体に狂牛病担当者を置き、疑わしいケースについて生産農家に届け出を義務付けている。処分後は、市場価格で政府が生産農家に補償する仕組みだ。

96年になって人への感染が指摘され、消費者の不安が募った。牛肉消費は落ち込み、政府は余剰肉を買い入れて価格下落を抑えた。

フランスで最初の発症例は91年に確認されている。しかし、同国で問題が深刻化したのは00年10月。同じ牧場で育てられ、感染のおそれがある牛の肉が大手スーパーで販売されていたことがわかったためだ。

牛肉の消費量は一時、4割から5割落ち込み、レストランのメニューから牛肉料理が消えた。

仏政府は同年11月、感染経路の疑いをもたれている動物性飼料の「全面禁止」など、消費者にわかりやすく、かなり思い切った対策に踏み切った。

EUも翌12月に同様な措置を決めている。処分を余儀なくされた農家への補償も打ち出した。(ロンドン=和気靖 パリ=大野博人)

◆欧州で狂牛病の発生した国(国際獣疫事務局<OIE>調べ)

イギリス      181255例
アイルランド       647
ポルトガル        602
スイス          388
フランス         344
ドイツ          107
スペイン          62
ベルギー          42
イタリア          21
オランダ          19
デンマーク          5
チェコ            2
リヒテンシュタイン      2
ギリシャ           1
ルクセンブルク        1
◇新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の発生した国(世界保健機関<WHO>調べ)

イギリス  101例
フランス    3
アイルランド  1
【写真説明】

会見に先駆けて配布される資料に殺到する報道陣=10日午後、東京・霞が関の農水省で

 

《朝日新聞 2001年09月11日より引用》

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です