米農業、遺伝子組み換え種子で急速な大規模化(最前線)【大阪】
1999年12月23日
世界の穀物市場は、巨大な化学メーカーが開発した遺伝子組み換え種子の生産・販売をきっかけに変化のスピードを速めている。その主要舞台は世界最大の農産物の生産国であり、輸出国であるアメリカだ。その種子は従来型より価格が高いものの、収量アップが見込めるため、体力のある農家はより規模拡大を図れる。が、それについていけない農家は、穀物メジャーに取り込まれ、格差は広がるばかりだ。同時に農家を支えてきた農協組織もより効率化を迫られ、再編に動き出した。
(経済部編集委員 岡部漱介)
二〇〇〇年三月をめざし、米国北部の約五百四十農協で構成する地域農協セネックス・ハーベスト・ステート(ミネソタ州セントポール、組合員約二十万人)と、南部の約千四百農協でつくるファームランド・インダストリーズ(ミズーリ州カンザスシティー、同五十万人)の合併交渉が始まっている。実現すれば米国最大の農協合併となる。総売上額は年間二百億ドルで、全米企業ランクで五十位台に入る。
■生き残りへ合併
合併への引き金は、去年秋、穀物メジャー最大手のカーギルがライバルのコンチネンタル・グレインの穀物部門を買収したことだった。全米の貯蔵・保管部門で三割のシェアをにぎる巨大なメジャーになったカーギルの攻勢に対抗するには、合併して規模を拡大させるしかないと判断したのだ。農協は穀物や農薬などを一括して仕入れ、組合員に販売するのが主な業務だが、穀物メジャーは、組合員である農家の切り崩しを図り、あらかじめ決められた価格で作物をつくってもらう。
合併について「農協が生き残るための対策は事業の効率化、合理化しかない」(ファームランドのマイク・サリバン穀物事業本部長)と説明する。合併の交渉前に、カーギルなど複数の穀物メジャーからの事業提携の打診もあったが、組合員の反発は強く立ち消えになった。結局、農協同士が結束して生き残りを目指すことになった。
世界最強の競争力を誇る米国農業だが、農家の実情は厳しい。販売競争と技術革新で大規模化が進み、一九八〇年代初め二百五十万戸の農家数は二百万戸に減少。高齢化が進み、兼業農家も増えている。
■高い「種子」代金
イリノイ州パウパウで、農地二百八十ヘクタールに大豆とトウモロコシをつくるケン・マーズマンさんは「農機具費や遺伝子組み換えの種子代金は高いのに、穀物価格は安い」と嘆く。妻のパート給与と国の補助金でしのいでいる、という。
イリノイ州では農地五百ヘクタール以上はないと農業だけでは生活できないのが実情だ。
同州プリンストンのバヌーチ農場は従業員五人を使い、農地千二百ヘクタールの大型農家。シカゴ在住の医師がオーナーだ。売り上げは年間百万ドル。その経営を任されているレックス・ニコルスンさんは「穀物相場が不振で経営環境は悪く、売りに出る農地が多い。規模拡大の好機なので値段が折り合えば買いたい」と、意欲的だ。十月末には三十万ドルで四十ヘクタールを買収した。
アジア経済危機による輸出の落ち込み、アルゼンチンなど南米諸国の穀物増産、さらに米国の好況を映した住宅、マンション建設による土地開発など農業を取り巻く条件は厳しさを増している。
■「下請け業者」に
こうした規模拡大ができず、苦境に陥っている中小農家を取り込むのが、穀物メジャーだ。経営が苦しい農家と契約して、農家に穀物の価格を保証するかわりに、農家は決められた作物をつくる下請け業者となる。「自分の才覚が問われる経営者から、単なる賃金労働者になる。その賃金の条件も悪く、いわば正社員ではなく、条件の悪い契約社員です」(穀物アナリスト)。そうした契約農業は六〇年代のブロイラー農家から始まった。次いで養豚業など畜産農家に広がり、近年、穀物農家でも増え出した。
そこには種子の生産から穀物の集荷、加工、最終消費までも取り込もうとする穀物メジャーの思惑が色濃く映る。
【写真説明】
国際競争に伴い、米国農業の大規模化の流れはとまらない。大型トラックに満載した穀物が農場から集荷場に運ばれ、輸出港へ積み出される=イリノイ州ヘネピンで、岡部写す
《朝日新聞 1999年12月23日より引用》