19991222

幹細胞をつくる 分化の時計を逆に回す 岩崎説雄(21世紀序奏)
「分化の時計」を逆に回す試み


1999年12月22日

去年、牛の卵子(未受精卵)に人の白血病細胞を核移植する実験をしたんですが、この十一月になって文部省から指針違反と指摘されました。人の卵子への核移植ではないので問題ないと思っていたんですが、もう少し慎重にすべきだったと反省しています。

実験は、卵子の細胞質に含まれる「初期化因子」によって、白血病細胞がすべての細胞に分化する全能性を持つようになるかどうかを調べるのが目的でした。ただ、核移植という手法にとらわれてはいけない、とも思っているんです。

全能性を持ったマウスのES細胞(胚(はい)性幹細胞)を使い、核移植を経ずにクローン個体を作ることに成功した、という海外の報告があります。クローン研究は第二世代に入ったといえるでしょう。

特定の分化誘導因子を見つけて、ES細胞から目的の臓器や組織をつくろうという研究が盛んになっています。でも私は逆に、分化した細胞から幹細胞をつくることはできないかと、研究を進めています。

具体的には、分化した血液や皮膚の細胞に何らかの因子を作用させて、その前の段階の細胞、例えば造血幹細胞や皮膚のもとになる前駆細胞をつくろうという発想です。いわば、細胞分化の時計を逆回りにしてしまおうというわけです。

実現できれば、白血病などの患者が、他人の骨髄から採った造血幹細胞の移植を受ける必要がなくなります。皮膚の前駆細胞は骨や筋肉にも分かれていきますから、皮膚の細胞から骨がつくれるかもしれない。

心臓や肝臓といった臓器は別として、骨なんかだったらES細胞からつくるより、こっちの方が手っ取り早いんじゃないかと思うんですよね。しかも、どれも自分の細胞ですから、拒絶反応の心配がない。

これを実現するには、分化時計を逆転させる「脱分化因子」が必要です。これは卵子に含まれる初期化因子とほぼ同じ働きをするものです。脱分化因子は卵子から取り出す必要がありますが、核移植という手法に固執する限り、取り出しは不可能です。

まず卵子から初期化因子を取り出す研究に手を着けました。大まかに二つのアプローチがあります。

一つは、マウスの卵子の細胞質の抽出液をつくり、体細胞に作用させる。一方、十六細胞ほどに分裂した染色体異常の胚二つで、体細胞を挟み込む。すると、胎児になる細胞と胎盤になる細胞に分かれた胚盤胞ができる。分裂が進んだ胚に初期化因子はなく、染色体異常の細胞はやがて消えていきます。もし、ここから個体ができれば、体細胞が初期化されたことを意味します。抽出液に初期化因子があることになる。

もう一つ、卵子の細胞質から意味のある遺伝子をいくつも取り出し、骨の細胞に組み込むことを試みています。骨が前の段階の細胞に戻れば、その遺伝子が初期化因子をつくっていることになります。

初期化には、ただ一つの因子ではなく、いろんな物質がかかわっていると思います。体細胞クローン牛で死産する例が見られるのも、必要な初期化因子が完全に作用していないからかもしれない。

初期化因子のどれか一つでも捕まえられればいいんです。あとは芋づる式にどんどん取れる。白血病細胞を正常細胞に戻す因子も見つかるかもしれません。

次に脱分化に成功したら、今度は別の細胞に分化させる必要も出てきます。そのときは、分化誘導の研究者と一緒に作業したい。初期化と分化と、両面から迫っていくことができれば、と考えているんです。

(聞き手・田村建二)

いわさき・せつお(48歳) 東京農業大学教授(動物発生工学) 一九五一年生まれ。弘前大学農学部卒。東京農業大学総合研究所助教授などを経て九八年から現職。九四から翌年にかけ、クローン羊「ドリー」を誕生させた英国ロスリン研究所に留学。

*  [2010年]皮膚の細胞をもとに骨がつくれるようになる

 

《朝日新聞 1999年12月22日より引用》

 

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