ブタ臓器の移植、研究進む 拒絶反応、安全性で成果も
1999年11月05日
脳死からの臓器移植が国内でもようやく動き始めたが、移植を待つ患者数に比べ提供数は少ない。海外でも臓器不足は深刻で、ブタから人間に臓器を移植する異種移植が解決策の一つとして本気で考えられるようになってきた。先月末、名古屋市で開かれた国際異種移植学会では、拒絶反応を抑えるために遺伝子を操作したブタの臓器をヒトに移植する可能性や、安全性について最新の研究成果が報告された。異種移植はどこまで実用化に近づいたのだろうか。
最も可能性が高いのはブタ。臓器の大きさや生理学的な特性が近く、飼育しやすいことがその理由だ。
しかし、ふつうのブタの臓器を移植すれば数分から数時間で超急性拒絶反応が起きることや、ブタのウイルスがヒトに感染する危険性、さらには倫理的な問題をどう解決するかなど大きな問題が横たわっている。
クローン羊ドリーを作り出した英国PPLセラピューティクス社は今回の学会で、異種移植のドナー用に、特定の遺伝子の機能を失わせた「ノックアウトブタ」を開発していると発表し、注目を集めた。
ブタ細胞に特有な抗原の一つを、遺伝子レベルで消してしまうもので、人の免疫機構はブタの臓器を見分ける目印を失い、超急性拒絶反応が起きなくなる。同社は「ドリーを作ったのと同じ核移植の技術を使い、来年なかばまでにはブタを生産するめどが立った」としている。
同社では、ノックアウトの技術だけでなく、そのブタをベースに、さらにほかの拒絶反応を抑える働きを持つ遺伝子を組み込む研究も進めていることを明らかにしている。
安全性の問題では、ブタの遺伝子の中に隠れている内在性レトロウイルス(PERV)について研究成果が報告された。このウイルスは、一九九七年に試験管内の培養細胞レベルの実験で、ヒトへの感染の可能性が指摘されていた。
PERV以外の既知のウイルスはブタの衛生管理を徹底することでほぼ解決できるとされている。
英国イムトラン社などは、一時的にブタの皮膚移植を受けたり、ひ臓や腎臓を体外で一時的に使ったりした八カ国の百六十人を追跡調査した。二十三人の血液でブタの細胞が循環していたが、PERVのDNAや抗体の有無を調べても感染の証拠は一人も見つからなかったという。
ウイルス感染に詳しい山内一也・東大名誉教授は「百六十人もの調査で感染がなかったことで、一つの答えが出たと言っていいのではないか。残っているかもしれない問題は、実際に人に移植する以外は答えを出せない。リスクがあるという前提で管理態勢を確立させて進めていくべきだろう」と話す。
イムトラン社の研究開発責任者デービッド・ホワイト博士は、学会の最終日に記者会見で「二、三年後には、ブタから人へ腎移植の臨床実験が始められるかも知れない」と述べた。
腎臓が最初とみられるのは、失敗しても人工透析が可能だからだ。
ホワイト博士は、超急性拒絶反応の克服にはめどが立ち、次は急性拒絶反応が課題だと言う。急性拒絶はヒトとヒトとの間でも起きるが、異種移植では違ったタイプの反応が起きる。これに効果的な免疫抑制剤の開発が臨床実験の前提条件になる、と話した。
「一つ山を越えたと思っていても、また小さな丘が出てくるかも知れない。異種移植が一般的になるにはまだ相当時間がかかりそうだ」。今回の学会長を務めた高木弘・JR東海総合病院長の感想だ。
《朝日新聞 1999年11月05日より引用》