体細胞クローン・ドリーの次は自在に遺伝子組み込む 英PPL社
1999年08月02日
ロスリン研究所とともに世界初の体細胞クローン羊ドリーを作った英国のPPLセラピューティクス社が、今度は「特定の遺伝子を狙い通りの場所に入れた羊を誕生させた」と発表して世界の研究者を驚かせている。特定の遺伝子を働かなくしたり、新たな遺伝子を加えたりする技術はジーン・ターゲッティング(標的遺伝子組み換え)とよばれ、哺乳(ほにゅう)類ではマウスでしかできなかった。同社は、体細胞クローン技術を使うことで、羊で成功したようだ。動物に医薬品をつくらせ、人間に移植可能な臓器をつくるステップになるかもしれない。
遺伝子を改変した動物はこれまでにも多く作られてきたが、遺伝子を狙った場所に入れられないので目的の機能を得るのが難しく、「下手な鉄砲数打ちゃあたる」の状態だった。
ただ、マウスでは、どんな細胞にも分化する胚(はい)幹細胞(ES細胞)を使う方法で、ターゲッティング法が開発されていた。
ある遺伝子の機能を消したい場合、それと似ているが働かないDNA配列を作る。これをES細胞にいれると一定の確率で、元の配列の場所に新しい配列が潜り込んで「相同組み換え」が起きる。そのES細胞を受精卵に入れて個体を成長させ、さらに子どもを産ませると、ある確率で遺伝子の機能を失った「ノックアウトマウス」が生まれる。これが目的の動物。
しかし、マウス以外の動物では、実用的なES細胞が取り出せないことから、うまくいかなかった。
PPL社は、ES細胞ではなく、より直接的な方法を使ったようだ。ドリーは、「親」の羊の乳せん細胞を未受精卵の中に入れることで生まれた。同社は、体細胞の核の狙い通りの場所に遺伝子を組み込み、それをドリーのように未受精卵に移植したとみられる。
これなら生まれた子どもは、すでに狙った遺伝子をもつ動物になっている。
この技術は、ドリーが誕生したときから、日本を含め世界中の研究者が開発を狙っていたものだった。
成功の発表を知り、農水省畜産試験場の安江博・上席研究官は、PPL社の研究者キース・キャンベル氏が、ドリーの誕生後に日本でした講演を思い出したという。「彼は『遺伝子導入と繁殖技術は研究の両輪』と話した。ターゲッティングと核移植の融合を示唆するもので、すでにアイデアを温めていたのでしょう」
「決め手は、体細胞の中では起きにくい遺伝子の導入(相同組み換え)をいかに効率よく起こすかだ。何か工夫があるはずだ」。しかし、具体的方法は公表していない。
○薬・移植目指す
PPL社が、ジーン・ターゲッティングで二匹の羊、キューピッドとダイアナを誕生させた、と発表した七月二十一日、「どんな遺伝子を入れたのか」などは不明なのに同社の株価が六%上昇したという。
この技術が進めば、多くの動物で「なくしたい機能をつぶし、欲しい機能を得る」ことが可能になる。
例えばブタ。ブタの心臓は人と大きさなどが似ていて異種移植の有力候補とされるが、人に移植すると非常に強い拒絶反応を瞬時に起こす。この原因物質の遺伝子をブタからなくせば、人への移植も近くなる。
また、今は人の血液でつくっている血清アルブミンなどをウシに作らせることも可能だろう。同社はすでに両方の研究を始めた。
今井裕・京都大学教授(生殖生物学)は「ドリーのことを考えれば、今回の発表はそれなりに信用できる
。ただ、技術的な内容が不明なので、それを見極めたい」と話している。
《朝日新聞 1999年08月02日より引用》