19990716

自給率を上げるには 新農基法(社説)


1999年07月16日

三十八年ぶりの改定となる新しい農業基本法が成立した。

農畜産物価格は国家の統制によらず、需給にゆだねる市場原理の尊重を基本に据えた。同時に、国土や自然環境の保全といった農業の多面的機能を維持する支援策も、併せて打ち出すことにした。

生産者の創意と工夫を引き出し、消費者保護の視点を取り入れる農政は、世界的な流れである。ただ、欧米諸国は「環境を守る農業への転換」を進めている。成立した時点でも、一周遅れの印象がぬぐえない。足りない点は、五年ごとに見直す基本計画で補ってもらいたい。

国会審議では自給率問題が焦点となった。原案は修正され、政府が定める自給率目標について、「向上を図ることを旨とし」という文字が挿入された。

供給熱量(カロリー)に換算した日本の自給率は、一九六〇年度には七九%もあったのに、どんどん下がり続けて、九七年度は四一%しかない。

先進国で最低の食糧自給率を引き上げるように努力するのは当然だが、現実には容易なことではない。低下した最大の要因が食生活の変化にあるからだ。国内で生産できる米の消費が激減し、輸入に依存する畜産物や油脂の消費量が増えた。

自給率を上げるひとつの方法は、国民に昔の食生活に戻ってもらうことだ。

農林水産省は、献立ごとにはじいた自給率を、インターネット上で公開している(http://www.maff.go.jp)。いかに低いかを実感し、身近な食生活を見直してもらうのがねらいだ。

たとえば、和風朝食(魚の干物、おひたし、ご飯、みそ汁)なら八〇%だが、洋風朝食(オムレツ、サラダ、紅茶、パン)なら二〇%といったぐあいだ。

日本型の食生活は総じて健康的といえるから、おおいに推奨したらいい。しかし、洋風はだめ、和食を、と国民に無理強いすることはできない。

まして、自給率の「向上」を新基本法にうたったからといって、農業保護や予算獲得のお墨付きにしてはなるまい。

結局、自給率を上げる決め手は、消費者の望む食料品を供給するように、国内の生産者が対応していくことである。

自給率は、国内農業に対して消費者がつけた通信簿ともいえる。たとえば小麦は九%、大豆三%しかない。がんばれば、数字を上げられる余地が大きい。

すでに、農薬を使わないとか遺伝子組み換え作物ではないとか、安全性に訴えて売り込みに成功している生産者がいる。輸入物と比べ価格で太刀打ちできなくても、品質では競争できるのだ。

畜産物でも自給率の向上は可能だ。畜舎につないで輸入飼料を与える飼料加工型から、山地や草原で草を食べさせる放牧型に変える。そうすればコストが下がり、差別化できる肉や乳製品を生産できる。

消費者はどんな農産物を欲しがっているのか、生産者はどんな方法で栽培しているのか。双方が市場で情報を交換し合い、お互いの要求を満たし合えば、自給率は自然と向上するはずだ。

有機農産物や遺伝子組み換え作物などの表示制度を整える。環境を守る農法に転換する農家に費用を補てんする。新たに農業をやりたい人に遊休農地を提供する。  新基本法のもとで政府がやるべきことは、そうした仕組みをつくることだ。

 

《朝日新聞 1999年07月16日より引用》

 

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