クローン 「なぜ全身できるか」の解明が課題
角田幸雄 近畿大学農学部教授
1999年01月27日
石川県畜産総合センターに協力していただいたクローン牛の研究では、体細胞の核を移植した卵子十個のうち八個で妊娠に成功しました。半分の四頭が死んでますから、さらに成功率をよくしていかなくてはいかんのですが、少なくとも何十個、何百個も卵子に体細細胞の核を移植して、一頭しか生まれないということはなさそうです。
この結果を昨年十二月に「サイエンス」誌上で発表したんですが、反響はすごいですよ。英国で生まれたクローン羊「ドリー」の時には、体細胞クローンの成功率は非常に低く、とても人間に応用することは無理だと思われていました。ところが、今回われわれが報告した成績では、成功率が異常に思えるぐらい高かった。普通の体外受精と同じぐらいなんです。
ちょっと心配になりました。「これは人間に応用できそうだ」という人が出るんじゃないかと。そんな時に、韓国で人間のクローン実験をしたという報道があった。日本では、文部省が人間の卵子をクローン研究に使うことを禁止する指針を告示しましたが、法律でも規制しないといかんのかもしれません。
実はなぜ体細胞クローン動物ができるのか、まだよくわかっていないんです。体の特定の部分をつくるよう「分化」してしまった細胞に、なぜ全身をつくる働きがあるのか。分化した細胞を、もとの愛精卵と同じく何にでもなる細胞に「初期化」するしくみがあるはずでず。オタマジャクシの小腸細胞の核を移植してカエルができることがわかったのは1962年ですが、「なぜか」は解明されていない。二十一世紀にも大きな課題になるでしょう。
分化と初期化のしくみが完全にわかれは、卵子に核移植をしなくても、細胞からクローン動物をつくれるようになるかもしれない。胎児の体内で臓器ができあがっていく過程を再現して、病気でだめになった臓器を再生させることができるかもしれない。今はまだ夢のよらな話ですが。
その第一歩として、正常に生まれた場合と流産や死産だった場合で、使った体細胞の種類など、どんな条件の違いがあったのかを、はっきりさせたいと思ってます。続く三年から四年の間に、なぜそういう差が出るのかを遺伝子の働きにまで踏み込んで解明したい。
体細胞クローンの実用化は、畜産分野で一気に進むでしょう。それから先、われわれ日本人が食べる食品の量が減ることはありえない。むしろ、加工食品に使われる肉や牛乳などの量は増えるでしょう。その一方で、きついなどと言って、若い人は生き物を扱う仕事を敬遠しますよね。
そうなると、飼育できる動物の数は減っていく。一頭当たりの肉や乳の量を増やさないと、それにこたえることはできないですよ。クローン技術を使えば、優秀な性質を持つ家畜を一度に増やして、短時間で品種改良を進められます。
畜産のコストが低い米国やカナダは、あまり品種改良には熱心ではない。むしろ有用な物質をつくるなど特別な遺伝子を組み込んだ動物を、効率よく増やす手段としてクローンの研究を進めるでしょろ。企業が研究費を出して、得られた結果で特許を取ろろという動きも、もう出ています。
ただ、動物を使った研究で生まれた技術は、人間にも応用できます。畜産の研究者も、目的意識をはっきり持って研究を進めないと危ない。何をしてよくて、何をしたらいけないのか。日本でも省庁や学会の枠をとっぱらって、生物学系の研究者と、法律や倫理など文系の学者を集めて、徹底杓に議論しないといかん時にきてると思います。
(聞き手・今井邦彦)
《朝日新聞 1999年01月27日より引用》