クローン牛、なぜ死ぬ 体細胞の能力に限界か
1998年09月04日
成長した牛の体細胞から世界初のクローン牛が日本で生まれて約二カ月。以来、「体細胞クローン」の牛が国内で十頭誕生したが、うち五頭は死んだ。ほかに一頭は死産だった。体細胞に生殖細胞のような役割を担わせるのには無理があるのか。専門家からは、この技術の核心に着目して原因を探る議論も出ている。
体細胞クローン牛の半数以上が誕生前後に死んだことは、専門家にも驚きだった。これまでの受精卵を使うクローン牛では、生後の死亡例はあまりなかったからだ。 直接の死因は、へその内側の出血(鹿児島)、羊水が気管に詰まった窒息(石川の双子)、呼吸不全(大分)などだ。石川県畜産総合センターと共同研究している近畿大農学部の角田幸雄教授は、石川の二例目について「撮影のため炎天下に出したのがよくなかった」、死産例を「帝王切開のミス」と説明、クローン特有の要因があるかどうかは「例数を重ねないと何とも言えない」と言う。
○目覚めぬ遺伝子ある?「親」の年齢引き継ぐ?
札幌市で八月下旬に開かれた日本繁殖生物学会でも、こうした死亡例が報告され、近大グループは「子牛に異常はなかった」と発表した。
だが、米国では、体細胞クローン牛で心臓の肥大や肺、胎盤の異常で死んだ例も報告されている。細胞や遺伝子のレベルまで踏み込んで考える必要があるとみる専門家は多い。
体細胞は体の一部に分化した細胞のことだ。生殖細胞のように体のどんな器官にもなれる「全能性」を持ってはおらず、働いていない遺伝子も多い。
今回のクローン技術では、体細胞に全能性を取り戻させる「初期化」の操作を加えている。だが、「それでも働き出さない遺伝子があって、誕生時に肺呼吸の準備が整わないのではないか」と、東京農大の岩崎説雄教授は考える。
体細胞のクローン羊でも誕生前後に死ぬ例は多い。岩崎さんは「働かない遺伝子」があるとみて、クローン羊を誕生させた英国ロスリン研究所と共同研究を始めたという。
農水省畜産試験場の仮屋堯由繁殖部長は、クローンに使う細胞の年齢の問題を挙げる。「初期化で、体細胞の細胞周期はリセットされるが、年齢まで元に戻って『零歳』になるのかどうか。寿命に影響する問題」。クローン動物は、生まれたときから親の年齢まで老けているのではないか、というのだ。
また、体細胞と融合される未受精卵に注目する専門家もいる。細胞のエネルギー生産を担うミトコンドリアは未受精卵から受け継ぐので、これが体細胞から引き継ぐ核の遺伝子にどう影響するかを解明する必要があるとの意見も多い。
○複数地で誕生、「基礎技術ある」
相次ぐ死亡で、学界に悲観論が広がっているわけではない。東京農大の河野友宏教授は「複数の施設で誕生させたのは、受精卵クローンなどで培われた日本の体外培養などの技術の高さを示している。出産や生育に慣れれば死亡率は下がるのではないか」と語る。
その一方で、基礎研究に期待する声は強い。京都大農学部の今井裕教授は「もし体細胞クローンに特徴的な死因が明らかになれば、生物学的には非常に興味深い」と話している。
<体細胞クローンの技術> 分化した体細胞を、核を除いた未受精卵と融合させ、培養した後に代理母の子宮へ入れる。融合の前に、どんな器官にも分化できる全能性を体細胞に取り戻させるため、栄養である血清の濃度を減らす培養(飢餓培養)などで、細胞周期を静止期にする「初期化」という操作を加える。受精卵クローンでは、この操作は要らない。
◇クローン牛の誕生経過(注)性別欄の2は双子
誕生日 場所 性別 体重 現状
7月 5日 石川 雌2 18キロと17キロ 生存
24日 鹿児島 雄 57キロ 16時間後に死亡
29日 石川 雌 32キロ 3日後に死亡
30日 石川 雌2 18キロと35キロ 直後に死亡
8月 8日 石川 雌2 23キロと28キロ 生存
18日 鹿児島 雄 40キロ 生存
19日 石川 雌 30キロ 死産
20日 大分 雄 41キロ 3日後に死亡
【写真説明】
元気な子牛も生まれたが……7月5日誕生の双子「かが」と「のと」=石川県畜産総合センターで
《朝日新聞社asahi.com 1998年09月04日より抜粋》