19980710

体細胞クローン牛、技術は手探り 国内で30頭が出産間近


1998年07月10日

成牛の体細胞からつくられた世界初のクローン牛二頭が石川県畜産総合センターで誕生したが、九州から東北までの各地で、胎児細胞からつくられたものも含め、三十頭がクローン牛を妊娠し、出産が近づいている。日本の畜産研究では、受精卵がいくつかに分裂した段階で、それをばらばらにしてクローン動物にする受精卵クローンの技術的な蓄積があり、今回の成果にもつながったようだ。

日本で体細胞クローンの研究が本格的に始まったのは昨年夏だ。昨年二月にクローン羊ドリーの誕生が発表された後、七月には首相の諮問機関である科学技術会議が生命科学についての答申の中で「人間についての研究は当面行わず、家畜などについては情報を公開しつつ進めるべきだ」と提言した。

体細胞クローンをつくる際のポイントは「初期化」と呼ばれる操作だ。筋肉になったり、耳になったり、機能や形態が決まってしまった体細胞に対して、最初に分裂を始める受精卵のように再びどんな部位へも分化できる「全能性」を取り戻させる作業だ。

体細胞クローンづくりでは細胞を培養するとき、培養液に加える栄養であるウシの血清の濃度を通常の二十分の一程度にする。こうすると体細胞はやっと生きられるかどうかの状態になり、余分な遺伝子を働かせるのをやめてしまう。これは「血清飢餓培養」といい、細胞の活動を止める手法として十年以上前から知られていた。

「この方法を使えば、体細胞でも全能性を取り戻すかもしれない」。これがドリーを誕生させた英ロスリン研究所のウィルムット博士らの画期的なアイデアだった。今回、石川県畜産総合センターで生まれた二頭も、やはり「血清飢餓培養」を受けている。
○「飢餓」なしで妊娠も

ところが、この手法なしで妊娠にこぎつけているケースもある。

大分県畜産試験場で妊娠している四頭の牛のうち三頭は、血清飢餓培養なしでできた体細胞クローンがおなかの中に入っている。

志賀一穂・肉用牛生産技術部副部長は「どの時点で体細胞が全能性を取り戻しているのかは、はっきりしない。代理母に入れる移植胚(はい)ができる成績もあまり変わらないようだ」と話す。

奈良県畜産試験場で妊娠中と発表された五頭のうち四頭もそうだ。億正樹・主任研究員は「安定して胚を作るには血清飢餓培養をしたほうがいいが、必ず必要というわけではなさそうだ」と指摘する。

体細胞クローンのつくりやすさは動物の種による差も大きい。入谷明・京都大名誉教授(近畿大教授)によると、豚はなぜか必要な卵の操作がほとんどできないが、羊、牛やヤギは操作がしやすく、体細胞クローンを比較的つくりやすいという。日本では黒毛和牛など高コストでも品質の高い肉牛が売れる市場があり、とくに牛でのクローン研究が促された。

今井裕・京都大農学部教授は「日本で体細胞クローン牛の出産に成功した背景には、受精卵クローンで培った高い技術がある」と分析する。

受精卵クローンでは受精卵を取りだし、八―三十二個の細胞に分裂したところでばらばらにする。核を取り除いた未受精卵に移植し、電気ショックで細胞を融合したのち、代理母になるメスの子宮に入れて妊娠させる。核移植したあとの操作は体細胞クローンも同じだ。

受精卵クローン牛は九〇年に初めて農水省畜試と千葉県のチームが成功して以来、全国で約三百七十頭が生まれているという。

一方、体細胞クローン牛については今井教授は「あと二年で二百頭以上生まれる」と推測している。

【写真説明】

2頭の体細胞クローン牛。生後間もなくはミルクを吸い込む力がやや弱く、周囲を心配させた=5日午後8時ごろ、石川県押水町の石川県畜産総合センターで

 

《朝日新聞社asahi.com 1998年07月10日より抜粋》

 

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