19980329

ヤギの乳から薬 「動物工場」で製薬 血栓の予防効果に期待【西部】


1998年03月29日

ヒトの遺伝子を組み込んだヤギでつくられる薬が、米国から日本に導入されそうだ。住友金属工業(大阪市)の関連会社、エス・エム・アイ・ジェンザイム社(東京都千代田区)が今秋をめどにこの薬を輸入、製薬会社と提携し、血液が固まる重い病気を対象に年内にも臨床試験(治験)の準備を始める。国内でも、ヒトの遺伝子を微生物や動物細胞に組み込んでつくる薬は治療に使われているが、動物そのものに組み込んだ「動物工場」で生産する薬はこれが初めてになる。

この薬は、アンチトロンビン3というたんぱく質。ヒトの肝臓でつくられ、血しょうに含まれている。現在は血しょうから分離・精製し、薬として使われ、年に百数十億円を売り上げている。

日本国内での臨床応用に考えられているのは、全身の細い血管に血栓が多発する播種(はしゅ)性血管内凝固症候群。悪性しゅようや劇症肝炎、感染症など様々な病気に伴って起きる恐れがある重い病気だ。

エス・エム・アイ・ジェンザイム社は、遺伝子を組み込んだ動物でこのたんぱく質を生産する研究を、米マサチューセッツ州のベンチャー企業、ジェンザイム・トランスジェニクス社に委託していた。

同社は、このたんぱく質をつくるヒトの遺伝子をヤギの受精卵に注入するなどの方法で、乳中にヒトのたんぱく質を分泌するヤギをつくることに成功した。ヤギは乳をたくさん出すため選んだ。将来は牛でも生産させる考えだ。

このたんぱく質を乳中から抽出。安全性を確かめたうえ、米国で昨夏、心筋こうそくなどで心臓バイパス手術をした約三十人の患者を対象に臨床試験を実施した。その結果、手術時に血液を体外で循環しても血栓をつくりにくくなる効果が認められ、近く次の臨床試験に入るという。

エス・エム・アイ・ジェンザイム社は現在、数社の製薬会社と交渉中。秋までに提携先を決め、臨床試験の準備を進めるという。

同社は、バイオ医薬品分野への進出を図る住友金属工業が主体になり、米ジェンザイム社などとの合弁で一九九〇年に設立された。

○安全の確認や品質管理課題

《解説》「動物工場」による薬の生産は今後広がることが予想されている。

遺伝子組み換え技術を用い、大腸菌やハムスターの細胞などでつくったたんぱく質は、国内でも、一九八〇年代から病気の治療に使われている。糖尿病用のインシュリンや血友病治療の血液凝固因子など十種類以上になる。

しかし、細胞の培養はコストがかさみ、大量生産が難しい。たんぱく質によっては微生物で生産できない種類もある。ヒトの血しょうからたんぱく質を分離・精製する場合は、ウイルスなどの感染も心配される。

こうした課題の解決策として期待されるのが、ヤギや牛などの動物工場だ。大量生産が可能で、コストが下げられる。英国ではヒト遺伝子を組み込んだクローン羊の研究が進み、羊の乳中にヒトの血液凝固因子を出すことに成功した。

動物のコピーをつくる体細胞クローン技術は、日本では、農水省畜産試験場(茨城県)や鹿児島、大分両県などで家畜の改良研究に用いられている。欧米では、この技術は動物工場を増やすのが目的だ。

ただ、動物工場は、動物特有の病気への不安や、ほかの物質の混入などの恐れが残る。ある研究者は「品質管理、安全確認は入念にする必要がある。免疫反応など、思いがけない事態も考えられ、事前の慎重な分析が欠かせない」と指摘している。(社会部・小西宏)

 

《朝日新聞 1998/03/29より引用》

 

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