動物がいやす心と体 根づくか触れ合い療法
1997年04月15日
犬や猫などの動物が、病院や老人ホームなどを訪れて、患者さんや入所しているお年寄りと触れ合い、心のいやしになっている。障害児向けの乗馬教室も効果を上げる。欧米では、さらに進んで患者の治療に、動物との触れ合いを導入した動物介在療法(アニマル・アシステッド・セラピー)も確立している。日本でも、治療の分野に動物が果たす役割が広がっていく兆しかもしれない。 (田沢健次郎)
◆病院で 犬なでて安心感
東京都立川市錦町の共済立川病院に、三月最後の日曜日、犬、猫、ウサギ、ハムスターなど約十五匹が飼い主や獣医師の柴内裕子さんや同須田沖夫さん、獣医学専攻のボランティアの大学生たちに連れられて集まった。毎月一回、最終日曜日に行われている、入院患者と動物の触れ合いのためだ。
始まって三年目になる。心の病気などと闘っている約三十人の患者が桜が満開の中庭で待っていた。点滴の袋を下げたままの人がいる一方で、口紅を塗ってちょっとおしゃれをした人も。
輪になって座っていた患者の中に入って、柴内さんたちは、犬や猫を抱きながら患者のそばにかがんだ。「犬はお好きですか」「この犬はアリスという名前です。かわいいですよ、触ってみませんか」などと話しかけていく。決して患者よりも高い位置から話しかけない。
うつむいて表情の硬い患者が手を伸ばして犬の頭をなでた。小型の犬を抱いて、何回も背中をなでる患者もいる。猫が患者のひざに乗っかる。それを見て隣の患者がほほえむ。参加した動物が順番に患者の手元を回っていくが、「犬や猫はきらい」といって触らない患者もいる。四十五分ほどで、患者と動物の双方に気遣って、触れ合いは終わった。
共済立川病院のように、動物との触れ合いを行っている病院は、ほかに東京都立松沢病院、福岡市の福岡高野病院など数カ所。
共済立川病院では、以前、病棟にのら犬がまぎれ込んだ時に、一人の患者が一生懸命に世話をしたことが導入のきっかけになったという。
横山さんは「動物をなでるだけで、血圧が下がったり、動物と一緒にいると、リラックスして不安がなくなったりする。また、動物といると、それを話題にして、皆で話すことができるので、人と人とのふれあいがしやすくなる」と利点を挙げる。
◆乗馬で 平衡感覚身につける障害児
障害児の乗馬教室(ポニースクール)は、東京都葛飾区の水元中央公園で二年前から無料で開かれている。区が主催するこの教室には、都内や神奈川、埼玉県などの約百五十人の障害児が登録し、月曜を除いたほぼ毎日、六人が約二時間を過ごすことができる。
乗馬の前に、馬小屋の掃除も行い、ポニーにブラシをかけた後、一周約五十メートルのコースを初めはポニーの手綱を引いて一緒に歩き、その後は、またがって回る。そばを乗馬指導のインストラクターや乗り手の介助をするヘルパーもついて回っている。
乗馬教室は区制施行五十周年を記念して、一九八二年に設置され、二年前に障害児も参加できるようになった。脳性まひや自閉症、ダウン症などの児童が参加している。
区の委託で乗馬指導を行っている財団法人「ハーモニィセンター」事業部長の大野幸男さんは、「乗馬で、体に筋肉がつく、平衡感覚が身に付くなどの利点があるほか、障害のある子とない子の交流の場にもなっています」という。
◆相談窓口 「ペットの死」克服支える
「うちの子」と家族同様に可愛がってきたペットが死ぬのはつらいもの。こうした体験は「ペットロス」と呼ばれる。時間がたってもなかなかいえずに、自殺未遂まで起きることもある。
ペットを亡くした人が相談できるホットラインの電話が各地にある米国にならって、日本でも鷲巣月美・日本獣医畜産大学講師がインターネットのホームページを開いたり、川崎市のサイコセラピストの吉田千史さんが「ペット・ロス一一〇番」(〇四四―九六六―〇四四五、月、水曜日の午後五時から二時間のみ)を開いたりしている。
鷲巣さんは「たかが、犬や猫の死ではないかという言い方をよく耳にしますが、一緒にいた動物が死ぬことは大変なことなのです。自分の親が亡くなった時よりもずっと悲しいと言う人もたくさんいます。その気持ちを訴える場があればと思って、去年四月にホームページを開きました」と話す。
また、吉田さんの電話相談は昨年十一月下旬から。無料で行っている。これまでに百件以上の相談があった。一人暮らしの人よりも、子どものいる既婚者からの相談が多いという。吉田さんは「子どもが成長して母親から離れた後、ペットが、愛情の対象になっている。ペットの存在の大きさを痛感しています」という。
鷲巣さんのホームページのアドレスは、
http://www.alles.or.jp/~nvaucp/petloss.html
◇欧米では乗馬軸に発展、日本では体系化はまだ
アニマル・セラピーという言葉が最近よく使われる。正確には「アニマル・アシステッド・セラピー」(動物介在療法)のことで、犬や猫など、人間と深いきずなのある動物との交流を人間の医療面にも活用しようというものだ。歴史が古いのは乗馬療法で、古代ローマ帝国時代から、戦で傷ついた兵士を馬に乗せてリハビリをさせたとされている。十九世紀には、乗馬はまひが起きた神経障害に効果があると報告され、二十世紀に入って欧米で治療法の一つとして確立していった。日本は、欧米に比べて乗馬は身近なものでなかったが、心身両面での効果が大きいとして、各地で、障害者の乗馬教室などが開かれるようになっている。
乗馬療法以外では、十八世紀後半に、英国の精神障害者の施設で、患者がウサギ、鶏、アヒルなどを世話することで治療効果が上がったと報告され、その後、ペットがそばにいることによる効果が数多く報告されてきた。約五年前の調査では、心臓病の患者で、ペットと暮らしている人のほうが暮らしていない人よりも血圧やコレステロール値が低いという結果もオーストラリアから出されている。
●訪問活動
日本では、開業している獣医師を中心に組織されている社団法人日本動物病院福祉協会が十一年前から動物の訪問活動を行ってきている。これまでに、老人ホームを中心に百カ所以上の施設に千百回以上訪れている。
訪問する動物は、人と共に生活する身近な動物という意味で、コンパニオン・アニマルとも呼ばれているが、人畜共通の感染症にも配慮して、定期的なチェックも行われている。犬の場合は、(1)知らない人に出会っても、ほえない(2)他の動物に対しても落ち着いて接する(3)人込みのなかでも落ち着いて歩くことができる、などの条件をクリアしていることが要求される。訪問当日に体調の悪くなった動物は外されている。「これまでの訪問活動で、一度も感染などの事故は起きていません」と同協会の元会長で、訪問活動を推進してきた赤坂動物病院院長の柴内裕子さんは言う。
●定義づけ
二十年前に米国ワシントン州に設立された「デルタ協会」は、人間と動物のきずなに関する国際的な情報センターで、アニマル・アシステッド・セラピー(動物介在療法)を次のように定義している。「病院の医師や看護婦、ソーシャルワーカーなどがボランティアの参加のもとで、個々の患者の治療のどの部分に、どんな動物を参加させるかを、計画して、治療のゴールも設定する」。これに対して、動物と患者がふれあうだけのものはアニマル・アシステッド・アクティビティー(動物介在活動)だとして区別している。こうした定義に合った動物介在療法を実践している医療施設は米国では多いが、日本の病院で始まっている活動はまだ、動物介在活動の域を出ていない。
三年前から、医師として、病院への動物訪問活動を進めてきた共済立川病院神経科の横山章光さんは「まず、いろいろな病院に、こうした活動を広めていくことが、将来日本に動物介在療法を実現する道だと思います」と語る。
【写真説明】
病院を訪れて、患者との触れ合いに活躍する犬たち=立川市で
葛飾区が開いている障害児の乗馬教室。区外から通ってきている子どもも多い
ペット・ロスのホームページを開いている鷲巣月美・日本獣医畜産大学講師
障害に応じてさまざまな仕事をする介助犬。「デルタ協会」のスーザン・ダンカンさんは自分で訓練した介助犬とともに来日、講演した=東京都庁で
《朝日新聞 1997/04/15より引用》