20160101

(新発想で挑む 地方の現場から:1)常識を打ち破ろう 水田にトウモロコシ、農の救世主


2016年01月01日

札幌から車で1時間弱。石狩平野の南部に位置する北海道長沼町には、広大な水田が一面に広がる。人口約1万1千人。農業が基幹産業の町で、コメや小麦、大豆などをつくる若手農家、柳原孝二さん(36)の田んぼは昨年10月、収穫のときを迎えていた。

コンバインで刈り取るのは、たわわに実った稲ではない。飼料用の粒状のトウモロコシだ。本格的に栽培を始めたのは2011年。その2年前、近くの研究機関が始めた試験栽培の作業を手伝ったことがきっかけだった。当時は水田でトウモロコシを作るなんて、考えてもみなかった。試しにやってみたら、これが思いのほか簡単でおどろいた。

 

■収量はコメの2倍以上にも

トウモロコシはすぐ背が伸びるので、雑草に負けない。水を張らない田んぼに種をまいたら、ほったらかしでも育つ。そのうえ、深く根を張るので、農地を軟らかくしてくれる。

最大のメリットは、たくさん収穫できること。収量は10アールあたり0・8~1トン。コメの2倍以上にあたる1・3トンを収穫する農家もいる。柳原さんのとりくみを聞きつけた「飼料のプロ」の動きは素早かった。大手商社や、北海道で農産物や飼料の販売を手がけるJAグループのホクレンが「買いたい」といってきた。

近隣の農家も関心を持ち始めた。柳原さんに続く農家が増え、昨年3月、約30人で生産者組合を立ちあげた。メンバーは30~40代の前向きな農家が多い。

柳原さんが経営する農地は95ヘクタール。うち8ヘクタールでトウモロコシを育てる。いずれ15ヘクタールに広げたい考えだ。忙しくなった柳原さんの農場は今春、大学卒業見込みの若者を1人採用する予定だ。

「このあたりの集落では毎年1軒ずつ農家がやめている。人手が足りなくなる中で農地をどう維持していくのか。地元の大きな課題だが、トウモロコシはその解決策になりうる」。柳原さんは自信を深めている。

 

■食べさせた豚、ブランド向上

同様のとりくみは全国に広がり、いまでは12道県の水田などでトウモロコシが作付けされている=地図。北海道の6ヘクタールから始まった作付面積は約180ヘクタールに増え、九州の複数の県でも作付けをめざす動きがある。岩手県や宮城県などでは、地元の畜産農家と連携して「純国産」の畜産物を作ろうという動きも出てきた。

岩手県花巻市のブランド豚「白金豚(はっきんとん)」。花巻市出身の宮沢賢治が童話「フランドン農学校の豚」の中で、豚のからだを白金にたとえたことからその名がついた。地元のわき水やミネラル分を混ぜた水を与えて育てる。しっかりしたうまみと、脂身のクリーミーな味わいが評判で、普通の豚肉より3割ほど高く売れる。

花巻市で畜産業を営む「高源精麦(たかげんせいばく)」は14年から、白金豚のエサに、地元の水田で育てた国産のトウモロコシを使い始めた。

きっかけは社長の高橋誠さん(41)が香港で取引業者に言われた言葉だった。

「日本の豚のエサは輸入。それでは(純粋な日本産とはいえず)、売れるかどうかわからないよ」

環太平洋経済連携協定(TPP)による関税引き下げなどに備え、海外へ販路を広げようと13年に香港への輸出を始めた高橋さんは思った。「国産のエサを使わないと、堂々と『日本産』とは言えないなあ」

地元の農家が田んぼで飼料用のトウモロコシを作り始めたと聞き、さっそく購入を始めた。輸入飼料よりやや割高だが、それを上回るメリットを感じている。

同社が経営する花巻市の老舗レストラン「ポパイ」。看板メニューの白金豚のポークソテーをほおばる家族連れに笑顔が広がる。

飼料用に輸入するトウモロコシは遺伝子組み換え作物がほとんどだが、仕入れる国産のエサは遺伝子組み換えではない。日本では遺伝子組み換え作物を不安に思う人も多い。国産飼料を使えば、畜産物のブランド力をさらに伸ばせる。輸出する豚肉の付加価値を高めることにもつながる。

 

■輸入飼料頼る、畜産業に需要

食生活が多様化し、この半世紀で国民1人あたりのコメの消費量はほぼ半減した。一方、余っているコメに比べて国産の肉や乳製品には根強い需要があり、産地を支えている。

ただ、飼料の主原料のトウモロコシはほぼ全量を輸入に頼る。年間の輸入量は約1千万トン。コメの生産量(約800万トン)より多く、食料自給率が上がらない一因になっている。

だが、国産のトウモロコシには飼料用などに潜在需要がある。「水田で自給できるようになれば、巨大油田が国内で見つかったぐらいの意義がある」。そう話す農業関係者もいる。

主食用米の消費が減り続ける中、「コメ至上主義」から抜け出せない政府・与党は、補助金を10アール当たり原則最大10万5千円に引き上げて飼料用米の作付けを促している。耕作放棄地の増加に歯止めをかけ、主食用米の供給過剰による米価下落を防ぐのが狙いで、巨額の税金を投じて「票田」のコメ農家を守る政策だ。ようやく生産が増え始めたところで、水田でのトウモロコシ栽培を大手を振って認めるわけにはいかない。

だが、農林水産省も無視はできなくなってきた。昨夏に幹部も参加して勉強会を開き、先月上旬には飼料の担当者が北海道の柳原さんの農場を視察に訪れた。

水田でのトウモロコシ栽培を農家に呼びかけている農業雑誌の出版社「農業技術通信社」の昆吉則社長(66)は言う。「従来の政治的な解決策ではだめ。市場のニーズに沿ったこの策こそ、少ない財政負担で日本の水田や地域を変える」

(編集委員・小山田研慈)

 

■新たなモデル、地方に兆し

古くは田中角栄首相が唱えた「日本列島改造論」、バブル崩壊前の竹下登内閣が進めた「ふるさと創生1億円事業」と地方経済の立て直し策はいくども実施された。だが、いずれも公共事業やお金のばらまきに終わり、地方経済の衰退は止まらなかった。

一方、ヒト、モノ、カネを集める「東京」の磁力は、高度経済成長、バブル経済の発生・崩壊を経ても、弱まる気配はない。

日本の人口はすでに減少に向かう。日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)は、全自治体の半数は2040年までに消滅可能性都市になると予測する。

一人勝ちにみえる東京もまた課題を抱える。

国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、東京圏(1都3県)の後期高齢者(75歳以上)人口は25年までに175万人も増える。地方から移った「団塊世代」が多く住むためだ。地方で深刻な高齢化の問題は、いずれ「東京問題」へと変わっていく。

東京が日本を引っ張り、その恩恵を地方に環流させた過去の発展モデルは維持できないかもしれない。それだけに今回の地方創生は待ったなしである。地方も東京も従来とは異なる発想で、それぞれが自立できるように課題を解決していかなければならないのだ。

希望はある。すでに一部の地方では過去のしがらみや考えに縛られない新発想で挑む動きが見え始めている。その動きを紹介する。

(編集委員・安井孝之)

 

■主要作物の収益の比較

a)補助金額

b)労働時間

c)労働時間あたりの農家所得

◆飼料用トウモロコシ(粒状)

a)3.5万円

b)1.3時間

c)3万円強

◆飼料用米

a)8万~11.7万円

b)26~28時間

c)約1千~2千円

◆主食用米

a)7500円

b)26時間

c)約1千円

◆小麦

a)7.7万円

b)5時間

c)約9千円

◆大豆

a)7万円

b)8時間

c)5千円

〈10アールあたりのイメージ。農林水産省の資料から。飼料用トウモロコシは種子会社パイオニアエコサイエンスの試算による〉

 

【写真説明】

(上)飼料用トウモロコシの収穫の様子=昨年10月、北海道長沼町、柳原農場提供

(左)(下)柳原孝二さんが昨秋収穫した飼料用トウモロコシ。乾燥して大手商社などに販売している=長沼町

(右)(下)「高源精麦」の白金豚=岩手県花巻市、同社提供

【図】

飼料用トウモロコシの作付け状況

 

《朝日新聞社asahi.com 2016年01月01日より抜粋》

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