関税こう変わる TPP関税撤廃、全8575品目公表
2015年10月21日
環太平洋経済連携協定(TPP)で、日本の関税は大きく変わることになる。関税の障壁が下がることで、肉や野菜、水産物などの輸入拡大が見込まれる一方、自動車や家電などの輸出には追い風だ。国内農業は輸入品との価格競争に直面することになる。▼1面参照
■重要5項目 低い競争力、7割守られる
コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖の重要5項目は、586品目の3割に当たる174品目の関税が撤廃される。工業品を含む全品目では95%の関税が撤廃されたが、重要5項目については7割の関税が「守られた」ともいえる。
重要5項目では、牛肉が72・5%、豚肉が67・3%の品目で関税撤廃されるが、コメや麦の撤廃率は2割台。主食のコメが守られた一方、ソーセージなどの加工品の多くで関税撤廃されたことが大きい。
重要5項目の多くは内外の価格差が大きく、競争力が低い。TPP交渉参加にあたっては、重要5項目を守るように求める国会決議が採択され、交渉でも関税を守ることが優先された。
コメは、関税撤廃を求める米国と対立したが、米国向けに年7万トン、豪州向けに8400トンの無関税枠を設けることで決着した。輸入は義務ではなく、内外のコメの価格差も縮まっており、影響はさほど大きくないとの見方も出ている。
牛肉では、「国産牛」として安く売られる乳牛の肉などは影響を受けるとみられる。農水省は畜産農家の赤字を穴埋めする制度の見直しを検討している。
乳製品、麦、砂糖も、輸入枠を設けたり、実質の関税を削減したりしたが、基本的にいまの制度を維持することで決着した。
■その他肉類 ソーセージ、安くなる可能性
その他の肉類では、豚肉を原料にした「加工品」の関税のほとんどが撤廃されるのが特徴だ。牛肉と比べて豚肉は価格が安く、味の差別化が難しいため、加工品にする場合が多い。
代表的なものがソーセージだ。日本の大手メーカーのソーセージの多くは、豚肉とコショウなどを混ぜた、シーズンドポークという輸入加工品が原料。この20%の関税が撤廃される。ギョーザや肉まんなどにも使われており、価格が安くなる可能性がある。
また、弁当用などに使われる冷凍のトンカツ、串カツの関税20%もゼロになる。
■加工食品 家庭向け紅茶、6年目に撤廃
食卓でおなじみの加工食品も多くの品目で関税が撤廃される。人気の輸入食品がより身近になりそうだ。
家庭向けの小さな包装の紅茶はいま12%の関税がかかっているが、6年目に撤廃される。加糖のジャムも16・8%が6年目に撤廃され、朝食用シリアルは11・5%が8年目に撤廃となる。
お菓子や加工食品は、海外ブランドでも、日本企業との合弁などで国内で生産している場合が多い。関税が撤廃されることで国外でつくって輸入した方がコストが安ければ、生産拠点が海外に移る可能性がある。
■果物野菜 大半撤廃、農家へ影響少なく
果物では、リンゴやブドウ、キウイなど、大半の関税が撤廃される。
オレンジ、リンゴのジュースも11年目までに関税がなくなる。ただ、オレンジジュースはTPPに参加していないブラジルからの輸入が大半を占め、リンゴも同様に非参加の中国からの輸入に頼るため、農家への影響は少ないとみられている。
野菜はトマトやネギ、ジャガイモなど、すべて撤廃される。もともと関税率が低かったり、中国の比率が高かったりして、こちらも影響は大きくないとみられる。
■水産物 海藻類10品目除き、全部撤廃
水産物は、約340品目があるが、海藻類10品目を除いて関税が撤廃される。
水産物の関税は平均で約4%で、農産物の11%に比べてもともと低い。かつては魚の缶詰の輸出が盛んで、原料のサケやマグロを輸入するために関税を低くしてきた経緯がある。
ただ、10%という比較的高い関税をかけてきたアジやホタテ、マイワシといった魚の関税も撤廃となる。これらはTPP域内のベトナムや米国、カナダなどからも輸入が多い。日本の沿岸の零細な漁業に影響が出ないか心配する声もある。
■鉱工業品 一層の自由化、全6600品目撤廃
日本は工業製品の輸入関税の大半をすでに撤廃していたが、TPPではさらに自由化を進めて、約6600品目のすべてを最終的になくすことを決めた。
消費者に身近な商品では、革製のかばんやハンドバッグの関税(8~16%)を協定発効後11年目に撤廃するほか、毛皮や野球用グラブなどの関税(12・5~30%)も16年目になくす。衣類(4・4~13・4%)や生地(1・9~14・2%)の関税はすぐに撤廃する。
また、軽油や灯油などの石油製品や化学品の関税もすぐに撤廃される。
■自動車(輸出) 米国向け、25年目に撤廃
TPPに参加する11カ国に自動車を輸出するときの関税は、メキシコ向けの中古車などの一部を除き、ほとんどが撤廃される。
乗用車では、カナダ(6・1%)が5年目、マレーシア(10~35%)も3~13年目に関税が撤廃される。約70~80%の高関税を課していたベトナムも10~13年目に撤廃する。ただ、最大市場の米国向けは、2・5%の関税の撤廃が25年目と長い時間がかかる。
一方、米国が自動車部品にかけている関税(主に2・5%)は、日本からの輸出の8割以上の品目が即時撤廃されることになった。
■家電など(輸出) 日本の地場産業、輸出有利に
家電など、他の工業製品についても幅広く関税が撤廃される。米国向けのカラーテレビ(3・9~5%)、カナダ向けのエアコン(6%)などはTPPの発効後、即時撤廃される。
日本の地場産業も輸出がしやすくなりそうだ。愛媛県の「今治タオル」を含むタオル製品の一部は、9・1%あった米国の関税が5年目で撤廃される。伊万里焼などの陶磁器(米国向けで最高28%)、南部鉄器などの鉄器の一部(ベトナム向けで30%)も、関税撤廃される見通しだ。
■<解説>コメ特別扱い、変わらず
TPP交渉で、日本政府の最優先事項は「コメ」だった。経過や合意内容を見ると、確かに「コメを守る」という意識がにじむ。一方で、コメを強くするという視点は見えない。
農産品は、関税を撤廃したことのない834品目のうち395品目の関税がゼロになる。コメなどを守るため、それ以外のものは軒並み撤廃された。関係者は「コメが障害になっていたのは事実」と振り返る。
1993年に合意したウルグアイ・ラウンドでも、コメは特別扱いされた。最終的に関税化を受け入れたが、1キロ341円、当時の換算で800%近い高関税だ。代償として受けたコメの義務的輸入で、今も年100億~300億円を国民が負担している。交渉の失敗を指摘する声も多い。
20年以上たっても、日本の通商交渉の構造は全く変わらなかった。その理由を「選挙と票」に結びつける向きは多い。コメ農家は115万戸。酪農家は1・9万戸、養豚農家は0・5万戸にすぎない。コメ農家は大半が兼業だ。
コメは、国内で自給できる貴重な作物でもある。農家の高齢化は進む。TPPは逆風だが、危機をバネにコメづくりの大型・法人化を進めるチャンスでもあった。しかし、それはいかせなかった。日本の今後の通商交渉ではコメは焦点になる可能性は低い。コメづくりを強化する次の機会がいつくるかはわからない。
(編集委員・小山田研慈)
■<考論>農家保護理由に例外多く、問題
山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(農業政策) 輸入農産物は大して安くならず、消費者にあまりメリットはない。すでに大半の農産物は関税がゼロか低く抑えられているからだ。農家への影響もほとんどないだろう。むしろ農家保護を理由に関税撤廃の例外を多く残したのが問題だ。
かつての牛肉・オレンジ自由化では、農家はデコポンを育ててブランド化したり、和牛の生産を増やしたりして対応した。貿易の自由化はみんな怖がるが、大きなショックがなければ、国内農業は変わらない。
■<考論>影響出る産業、政策的手当てを
ニッセイ基礎研究所の櫨(はじ)浩一専務理事 非常に広範な分野で関税が撤廃、引き下げられ、貿易の促進が期待できる。影響の出る国内産業には政策的な手当てが必要だ。所得の補助のような単なる延命策ではなく、国際競争力をつけるような前向きな対策でなければならない。農業分野なら、たとえば農地の集約のような構造改革が考えられる。鉱工業でも、日本が国際競争力のない分野では、競争が激しくなって追いやられる産業も出てくる。新しい産業への転換を促す政策や、地場産業への痛みを和らげるための地域対策も、一時的にはやむを得ないだろう。
■その他の肉類・競走馬
品目 関税 TPP発効後
牛タン 12.8% 11年目に撤廃
牛のハラミ 12.8% 13年目に撤廃
ソーセージ 10% 6年目に撤廃
ソーセージ・ギョーザの原料 20% 6年目に撤廃
冷凍串カツ 20% 6年目に撤廃
ハム・ベーコン 低中価格帯で最大614円/kg 11年目に撤廃
鶏の丸どり 11.9% 6~11年目に撤廃
鶏の骨付きもも肉 8.5% 11年目に撤廃
鶏卵 8~21.3%(一部除く) 即時~13年目に撤廃
フォアグラ 3% 即時撤廃
競走馬 340万円 16年目に撤廃
■加工食品
品目 関税 TPP発効後
トマトケチャップ、ソース 17~29.8% 6~11年目に撤廃
カニピラフ 9.6% 11年目に撤廃
朝食用シリアル 11.5% 8年目に撤廃
ジャム(加糖) 16.8% 6年目に撤廃
緑茶(3kg超の包装) 17% 6年目に撤廃
紅茶(3kg以下の包装) 12% 6年目に撤廃
アイスクリーム 21~29.8% 6年で63~67%削減
フローズンヨーグルト 26.3~29.8% 11年目に撤廃
スパゲティ・マカロニ 30円/kg 9年目に12円/kgに削減
ポテトチップス(主に紙の筒に入っているタイプ) 9% 6年目に撤廃
マーガリン 29.8% 6年目に撤廃
チューインガム 24% 11年目に撤廃
ビスケット(砂糖入り) 15% 6年目に撤廃
冷凍・冷蔵ピザ 24% 9年目に撤廃
粉チーズ 26.3~40% 16年目に撤廃
ワイン 原則15% 8年目に撤廃
天然はちみつ 25.5% 8年目に撤廃
■果物野菜
品目 関税 TPP発効後
ブドウ 7.8~17% 即時撤廃
キウイ 6.4% 即時撤廃
スイカ 6% 即時撤廃
メロン 6% 即時撤廃
イチゴ 6% 即時撤廃
トマト 3% 即時撤廃
ニンジン 3% 即時撤廃
グレープフルーツ 10% 6年目に撤廃
サクランボ 8.5% 6年目に撤廃
オレンジ 16~32% 6~8年目に撤廃
オレンジジュース 21.3~29.8%か23円/kgの高い方 6~11年目に撤廃
リンゴ 17% 11年目に撤廃
リンゴジュース 19.1~34%か23円/kgの高い方 8~11年目に撤廃
バナナ 20~25% 11年目に撤廃
パイナップル 17% 11年目に撤廃
■水産物
品目 関税 TPP発効後
サケの加工品 9.6% 即時撤廃
キャビア 6.4% 即時撤廃
タラバガニ 4% 即時撤廃
カレイ 3.5% 即時撤廃
ギンダラ 3.5% 即時撤廃
カツオ 3.5% 即時撤廃
シシャモ 2.8% 即時撤廃
エビ 2% 即時撤廃
マイワシ 10% 6年目に撤廃
サバの加工品 9.6% 6年目に撤廃
カタクチイワシの塩漬け 15% 11年目に撤廃
ホタテ 10% 11年目に撤廃
本マグロ(太平洋クロマグロ) 3.5% 11年目に撤廃
ギンザケ 3.5% 11年目に撤廃
アジ 10% 米国は12年目に、米国以外は16年目に撤廃
サバ 7% 米国は12年目に、米国以外は16年目に撤廃
(加工品、塩漬け以外は冷凍)
■工業品など
品目 関税 TPP発効後
変性アルコール 27.2%、38.1円/リットル 8年目に撤廃
エチルアルコール 10% 11年目に撤廃
軽油・重油・灯油など 0~7.9%、1229円/klなど 即時撤廃
プラスチック原料、有機・無機化学品など 1.6~6.5% 即時撤廃
革製かばん、ハンドバッグ 8~16% 11年目に撤廃
革靴など 30%か4300円の高い方 11年目に撤廃
毛皮、野球グラブなど 12.5~30% 16年目に撤廃
ゼラチン、にかわ 17% 16年目に撤廃
繊維製品(生地) 1.9~14.2% 即時撤廃
繊維製品(衣類) 4.4~13.4% 即時撤廃
銅 3%か15円/kgの低い方 11年目に撤廃※
亜鉛 4.3円/kgなど 11年目に撤廃※
鉛 2.7円/kg 11年目に撤廃※
(※銅、亜鉛、鉛の一部は即時撤廃)
■自動車の輸出
品目 関税 TPP発効後
米国・乗用車 2.5% 25年目に撤廃
米国・バス 2% 10年目に撤廃
米国・トラック 25% 30年目に撤廃
米国・二輪車(700cc超) 2.4% 5年目に撤廃
米国・エンジン関連部品 2.5% 即時撤廃
カナダ・乗用車 6.1% 5年目に撤廃
カナダ・バス 6.1% 11年目に撤廃
カナダ・大型ガソリントラック 6.1% 6年目に撤廃
カナダ・トラック(上記以外) 6.1% 11年目に撤廃
マレーシア・乗用車 10~35% 3~13年目に撤廃
メキシコ・乗用車 15~30% 即時撤廃
メキシコ・中古車 50% 発効時に関税削減
ベトナム・乗用車(3千cc超) 77、80% 10年目に撤廃
ベトナム・乗用車(3千cc以下) 77~83% 13年目に撤廃
ベトナム・トラック 10~80% 12、13年目に撤廃
ベトナム・二輪車 77~85% 8年目に撤廃
■家電などの輸出
品目 関税 TPP発効後
米国・タオルの一部(今治タオルなど) 9.1% 5年目に撤廃
米国・エアコン 1~2.2% 即時撤廃
米国・カラーテレビ 3.9~5% 即時撤廃
米国・メガネフレーム 2.5% 5年目に撤廃
米国・陶磁器 0.7~28% 即時、10年目に撤廃
カナダ・エアコン 6% 即時撤廃
カナダ・カラーテレビ 3.5~5.5% 即時撤廃
カナダ・寝具 9.5~15.5% 6年目に撤廃
ニュージーランド(NZ)・ゴム製品 5% 即時撤廃
NZ・エアコン 5% 即時撤廃
NZ・ブルドーザー 5% 即時撤廃
豪州・じゅうたん 5% 4年目に撤廃
マレーシア・熱延鋼板の大部分 25% 8、11年目に撤廃
ペルー・化粧品 9% 6年目に撤廃
ベトナム・エアコン 17~25% 4年目に撤廃
ベトナム・鉄器の一部(南部鉄器など) 30% 4年目に撤廃
政府の公表資料は各省庁のホームページへ。農林水産省(http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/index.html)経済産業省(http://www.meti.go.jp/press/2015/10/20151020002/20151020002.html)財務省(http://www.mof.go.jp/customs_tariff/trade/international/epa/20151020.htm)内閣府(http://www.cas.go.jp/jp/tpp/tppinfo.html#201510atlanta_goui)
【図】
重要5項目の主な合意事項
《朝日新聞社asahi.com 2015年10月21日より抜粋》