20150917

(いま子どもたちは)酪農なう:1 牛と一緒の晴れ舞台


2015年09月17日

(No.967)

 

201番――。

8月下旬、酪農が盛んな北海道十勝地方で開かれた「十勝総合畜産共進会」の乳用牛の部。帯広農業高校(北海道帯広市)のメスのホルスタイン牛「ゴマ」が、先頭を切って入場してきた。

牛を引くのは、酪農科学科2年の長田剛彦さん(16)。競馬のパドックのように場内をゆっくりと回り、輪の中心にいる審査員にアピールする。

共進会では、骨格や全体のバランスなどが評価される。1人の審査員が優劣を決めるため、審査員の個性が出ることもあるという。ある酪農家は「例えれば、(アイドルの)AKB48の総選挙でだれを1位にするのかを決めるようなもの」。牛の立ち姿など、牛をいかに美しく見せられるかは、引き手の腕にもかかっている。

今年は例年以上に緊張感がみなぎっていた。秋に10年ぶりの全国大会が開催され、その予選を兼ねていたからだ。長田さんは牛の背筋を伸ばそうと、何度もゴマのあごの皮を引っ張った。だが審査員が近付くと、ゴマは避けるようにして暴れた。シャツの背中は、汗でびっしょり。「自分もゴマも、大きな共進会は初めて。緊張しました」

ゴマを出品したのは、帯農ホルスタインクラブの生徒たち。酪農科学科を中心に、17人がホルスタインの世話をし、調教している。今回は生後の月齢で区分けされた4部門に計5頭を出品。そのうちの1頭がゴマだ。

ゴマは11月で1歳。今春、今回の共進会をめざして調教を始めた。長田さんら4人がゴマの担当だ。白黒の模様がごまのようだからゴマと名付けた。

長田さんが引き手を任されたのは本番1週間前だった。「ゴマを引いてほしい」。同じ酪農科学科の藤木志歩さん(17)から頼まれた。藤木さんはゴマ担当4人の中で唯一の3年生。突然の申し出に、驚いた。

藤木さんは長野県栄村出身。家の近所に、家族ぐるみで付き合う酪農家が住んでいた。搾りたての牛乳をもらえるのが楽しみで、小さいころからよく手伝った。初めて間近で見た牛は「でかくて、目がかわいい」。酪農を学ぼうと志し、その酪農家が札幌市へ引っ越した縁で帯農を受験した。

馬術部を見学中、女子生徒が大きな牛を意のままに引く姿が目にとまり、「すごい」と思った。すぐに、ホルスタインクラブに入った。

だが、実際に牛を引いてみると難しかった。「牛の欠点をカバーするように引く」と教わったが、思うように動いてくれない。押したり、引いたりと試行錯誤を重ねた。「牛と波長が合わない」と感じた。

ゴマは、調教を担当した3頭目の牛だった。やはりうまく引けず、「なんで牛は分かってくれないんだ」とイライラした。調教中も疲れると、頑として動こうとしない。でも、頑固なところが自分に似ているようで、憎めなかった。

大会が迫った夏を前に、牛も人の顔をよく観察していることに気付いた。「イライラは伝わる」と考え直した。「牛の立場になって考えていなかった。自分の方が分かってなかった」。思いが伝わったのか、ゴマとの相性も少しずつ良くなった。「相手の立場になって考える」。ゴマが教えてくれたことだ。

本番直前の夏休み。牧場での実習や農業クラブの発表で、調教にまったく時間がとれなくなった。「ゴマをきれいに見せる自信がない」。藤木さんは決断した。「牛のことをよく勉強し、知識も豊富。ゴマのこともよく理解している」。大役を長田さんに託すことにした。

月齢が10カ月以上12カ月未満の部に出品したゴマ。結果は22頭中、20番目だった。酪農の本場の十勝で、酪農家に交じっての大会。そんなに甘くはない。

藤木さんは「緊張していたように見えたけど、しっかりと責任を持って引いてくれた。ゴマはきれいに見えた」。3年間の最後に引けなかったが、後悔はまったくない。

長田さんが大役を終え、戻ってきた。「お疲れさま」。藤木さんが声をかけた。ほっとしたのか、長田さんに笑顔が戻った。(滝沢隆史)

 

■農業高校の女子生徒、20年前の3倍に 文科省「イメージ変化、一因」

泥や汗にまみれるイメージが強い農業高校で、女子生徒の割合が年々増えている。

文部科学省の昨年の調査では、全国の農業高校で学ぶ生徒のうち、女子生徒の割合は畜産関係が57%、農業関係が39・8%、環境関係(土木・林業など)が17・8%。いずれも20年前と比べて3倍前後に増えた。

農業高校の大学などへの進学率も昨年4割を超え、20年前から10ポイント以上も上昇。文科省の担当者は「農業女子が流行するなど、農業のイメージが変わった。進学する卒業生も増え、進路が多様になったことも人気の一因ではないか」と話す。

農業高校を扱う漫画や映画、小説も人気を集める。帯広農業高校がモデルの漫画「銀の匙(さじ)」(荒川弘、小学館)は、単行本1~13巻が累計1500万部の大ヒット。映画にもなった。岐阜県内の農業高校を舞台にしたライトノベル「のうりん」(白鳥士郎、GA文庫)も中高生の関心を集めている。

国も、若い女性の就農率を上げようと躍起だ。農林水産省は2013年11月、「農業女子プロジェクト」を立ち上げた。農業分野で女性目線の商品を企業と共同開発し、存在感を高めるのがねらいだ。参加メンバーは当初の37人から359人に増えた。小柄な女性でも使いやすいトラクターや、頑固な泥汚れを落とす機能を強調した洗濯機などが商品化されている。

 

◇酪農王国・北海道。後継者難や環太平洋経済連携協定(TPP)など、厳しい環境のなか酪農を学ぶ子どもたちを、全4回で紹介します。

 

【写真説明】

共進会に出場したメスのホルスタイン牛「ゴマ」を世話する帯広農業高校の藤木志歩さん(左)と長田剛彦さん

共進会で審査を待つ牛たち=いずれも北海道音更町、恵原弘太郎撮影

【図】

農業高校の女子生徒の割合
《朝日新聞社asahi.com 2015年09月17日より抜粋》

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