(プロメテウスの罠)希望の牧場:1 被曝牛のエサ下さい
2015年06月04日
◇No.1293
「福島県浪江町から来ました。『希望の牧場』と言います。原発から14キロの所で300頭の被曝(ひばく)した牛を飼っているのですが……」
4月の初旬、宮城県栗原市の栗駒山のふもとに広がる農村地帯。
「希望の牧場」のボランティアスタッフ針谷勉(はりがやつとむ)(40)は、畜産農家や酪農家を一軒一軒、車でまわりながら頭を下げ続けた。
「エサが足りません。積み上げてある牧草ロール、譲っていただけないでしょうか?」
4年余り前の東京電力福島第一原発事故のあと、針谷らがエサ集めの行脚を始めて3年目になる。
宮城県北部の栗原市は第一原発から150キロ近く離れている。原発事故直後に汚染された牧草はロールにされたまま、休耕田などに山積みに放置されていることが多い。
農地を除染し牧畜を再開する農家にとって、汚染牧草は邪魔物だ。県や市は焼却処分も検討しているが、反対も根強く、計画は進まない。
汚染牧草でもエサを与えねば「希望の牧場」の牛たちは餓死してしまうし、汚染度は国が一般廃棄物扱いを認めるレベルだ。
「ちょうどいい。150玉ほどあるよ。早く持っていって」
そう言ってもらえばありがたいが、うさん臭そうに「代表は何ていう人?」「汚染ロールだよ。あとで戻しに来たりしない?」など、根掘り葉掘り聞かれることも多い。 牧場主の吉沢正巳(よしざわまさみ)(61)の名前や、牛飼いとして殺せずに飼い続けていることを伝え、説得する。
農家3軒に1軒ぐらいは納得し、協力してくれる。
交渉が成立すると、同じボランティアスタッフの木野村匡謙(きのむらまさかね)(43)に連絡。数日後には、14トンの大型トラックで木野村が常磐自動車道、東北自動車道を北上し、片道3時間がかりで引き取りに行くのだ。
最初は運送会社に頼んでいたが、運賃が高くつく。昨年夏、牧場は福島県富岡町の元建設業者からこの中古トラックを借り受けた。運転する人が必要だと、木野村自身が大型自動車免許を取得した。
運転席の木野村が笑う。「福島県内から始めて、もらえるところがなくなると栃木、宮城県へと足をのばしてきました。今までに1千玉くらい運んだかな」
(本田雅和)
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被曝で経済価値のなくなった牛を避難指示区域で飼い続ける。そんな牧場をめぐる人たちを追います。
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【プロメテウス】人類に火を与えたギリシャ神話の神族
【写真説明】
宮城県から運ばれた牧草ロール
《朝日新聞社asahi.com 2015年06月04日より抜粋》