鳥インフル、悪戦苦闘中 「元凶はネズミ」侵入経路は謎 畜産王国・宮崎 【西部】
2015年02月12日
宮崎、山口、岡山、佐賀各県の養鶏場でこの冬、発生が相次いだ高病原性鳥インフルエンザ。その感染源は、中国大陸や朝鮮半島などからの渡り鳥とされる。だが、本当の「実行犯」は別にいる可能性がささやかれる。見えない敵とのたたかいは各地で春過ぎまで続く。
「鶏舎に野鳥が侵入するのはまず不可能。夏でもハエ1匹見ない。それでも入って来るのがネズミです」
畜産王国・宮崎県。卵の出荷量九州一の養鶏企業アミューズ(同県日向市)の系列養鶏場の松葉智幸・場長(36)はそう話す。養鶏業者の天敵は、鳥インフルのウイルスを含むふんなどに触れたネズミだ。
同県新富町にある最新式のこの養鶏場を訪ねた。鶏24万羽を飼育し、1日20万個の卵を生産する計3棟の養鶏場はまるで工場だ。
野鳥の侵入防止のため、まず窓がない。こうした窓なし鶏舎は、業界で「ウインドレス鶏舎」=キーワード=と呼ばれる。1棟あたりの床面積は1600平方メートルあり、8階層のケージで8万羽を飼育。コンピューター制御の送風システムで、内部は冬も27度に保たれる。エサや水の供給、産んだ卵とふんの搬出もベルトコンベヤーなどが全自動で行う。自然光が入らないため、午前4時に電灯がつき、午後8時に消灯している。
外部に開かれているのは人間が出入りするドア、ふんの搬出口、空気の吸排気口くらい。このうち長時間開いている吸排気口は、2センチほどの編み目状だ。それでも、鶏舎内ではネズミの死骸が毎日のように見つかるという。日ごとの記録紙に書かれたその数は1、2、1、4……。多い月には計40匹超。「侵入経路は謎。どこからともなく入ってくる」(松葉場長)
アミューズのような大手でも2007年、県内の別の養鶏場で鳥インフルが発生し、約9万羽を殺処分した。赤木光伸専務(41)は「発生前に何かできたのではないかと悔いが残った」。最新式鶏舎を3年前までに完成させたが、それでも不安は完全には拭えない。
ネズミは鳥インフルのほかにサルモネラ菌も持ち込み、電気配線をかじって火災も起こす。そこで殺鼠(さっそ)剤を鶏舎1棟あたり135カ所に置き、2週間ごとに取り換えている。人のにおいがする殺鼠剤にネズミは近付こうとしないためビニール手袋をはめて置く。同じものを使い続けるとネズミは学習をして避けるため、種類も3カ月ごとに変えている。松葉さんは言う。「鳥インフル対策は結局、ネズミとの知恵比べです」
鶏舎のどこにネズミは引き寄せられるのか。温度を徹底管理している鶏舎は冬も暖かく、鶏向けのエサも豊富にある。ネズミにとっては天国なのだ。
岡山県で先月発生した養鶏場もウインドレス鶏舎で、その内部でネズミが見つかったという。「侵入ゼロにするのは難しくても、できる限り防ぐ努力をし続ける責任がある」と赤木専務は話す。
■連日消毒、視察お断り ツル渡来地・出水
世界有数のツル渡来地・鹿児島県出水市。灰色と白のナベヅルが上空を飛び交い、観光客がカメラを向ける。ここで毎年10月から3月ごろまで、1万羽を超す渡り鳥が越冬する。ツルは大切な観光資源だが、一方で鳥インフルを持ち込みかねない頭痛の種だ。
出水市内のツル観察センター近くの農道では連日、青い防護服を着た市の臨時職員らが、ツル観察センター側から来る車のタイヤに1台ずつ消毒液をかけている。この地点だけで平日は1日50台、休日は150台ほどの車が通るという。
昨年11月、死んだマナヅルから鳥インフルが確認されて以降、市などは毎日午前7時から午後6時まで、ねぐらの周辺6カ所で消毒を続けている。
「年末も正月も関係ありません」と市の担当者。11年には市内の養鶏場で鳥インフルが発生、約8600羽を殺処分した苦い経験がある。消毒は3月以降も続ける方針だ。
出水市と隣の阿久根市、長島町の生産農家15戸でつくる赤鶏農協(出水市野田町)は、人によるウイルスの持ち込みにも神経をとがらせる。
養鶏場の敷地に入る時、さらに鶏舎に入る時の2度、長靴を履き替える。部外者の立ち入りは厳禁。スーパーなどの取引先が「飼育状況を見たい」と視察を求めてきても冬は断っている。従業員には、鳥インフル発生地域への旅行も自粛させている。田下(たのしも)豊組合長は言う。「侵入経路はネズミか人間だと思う。大型連休までは気が抜けない」(東山正宜、柴田秀並)
■台湾で感染急増、4月まで警戒を
宮崎大産業動物防疫リサーチセンター・末吉益雄教授(獣医学)の話 韓国からの渡り鳥は次第に少なくなるが、台湾では先月中旬から、鳥インフルエンザの感染が急激に増加している。そのほとんどは農家が飼っているガチョウだ。水辺の鳥であるため、野鳥との接触が危惧されている。
台湾からシベリアに北上するカモ類の一部は3月から4月ごろ、日本列島を経由する。4月ごろまでは最大限の警戒が必要だ。
◆キーワード
<ウインドレス鶏舎> 窓をなくすことで寒暖の差や風雨を避け、鶏の生産性を安定的に保てるとして考案された大規模型鶏舎。1980年ごろから都市部近郊で導入され始めた。ただ、欧米では動物福祉の観点から制限的に活用すべきだとの声があり、鶏が動ける範囲を広くするなどしたものもある。
日本では国内養鶏業の競争力向上をねらい、5戸以上の生産者が共同建設するような場合には国が交付金で最大で半額を補助する制度がある。大規模化が進む一方、鶏を放し飼いする手法などが売りの小規模養鶏業者も、ネット通販の普及などで消費者からの支持は根強いという。日本養鶏協会は「業者の規模の二極化が進んでいる」とみている。
【写真説明】
(右)薄暗いウインドレス鶏舎の内部で飼育されている鶏=アミューズ提供(左)ウインドレス鶏舎の外観。周辺には消毒用の石灰がまかれていた=いずれも宮崎県新富町
ツルの渡来地(奥)側から来る車のタイヤを消毒する係員=鹿児島県出水市(ナンバープレートにモザイクをかけています)
《朝日新聞社asahi.com 2015年02月12日より抜粋》