(政権2年を問う)TPPと農業 「攻めの農業政策」、現場の農家とズレ 2014衆院選
2014年11月30日05時00分
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進まないTPP交渉と農業改革
千葉県成田市。里山の近くに広がる約40ヘクタールの田んぼを耕す小泉輝夫さん(40)は、今年からトウモロコシも植え始めた。知り合いの野菜農家と協力し、畜産農家に売る準備を進める。
コメをつくっても経営は厳しくなるばかりだ。消費量は減り続け、5キロのコメの価格は昨年より1~2割下がった。同じコメでも家畜の飼料用なら、国から3割増しの補助金を受け取れるようになったが、「コメは飼料に向かない」と敬遠する畜産農家は多い。
「需要があるものをつくるのが生産者の原点。巨額の補助金がずっと続くとも思えない」。専業農家として、国に頼らない経営を目指すつもりだ。
「攻めの農業政策」を掲げた安倍政権は昨年11月、40年余り続けてきたコメの生産調整(減反)を、2018年度に廃止すると決めた。価格を維持するために国が生産量を決め、従う農家には補助金を出すというものだ。年間で約5千億円をつぎ込むコメ農政の大きな方針転換だった。併せて導入したのが、主食用から飼料用に転作したら補助金を増やすという仕組みだ。10アールで最大10万5千円という「大盤振る舞い」だが、初年度の作付面積は約3万4千ヘクタールと、ここ数年とほぼ同じ水準にとどまった。
安倍晋三首相は13年3月、自由貿易圏をめざす環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に参加することを表明した。農業改革を急ぐのは、TPP参加を経済政策「アベノミクス」の目玉のひとつと位置づけているからだ。
自民党政権は、支持基盤でもある農家を守るため、コメなどに高い関税をかけて、安い海外産が増えるのを抑えてきた。TPPが実現すれば、工業品の輸出はより有利になるが、米国や豪州、ニュージーランドという農業大国に国内市場を開放することになる。農家への打撃は避けられない。
自民党は12年の衆院選で「聖域なき関税撤廃を前提にする限り、交渉参加に反対する」と公約し、農家や農協の支持を得た。ところが、首相はその3カ月後に、民主党政権の方針を引き継いで、交渉参加を表明した。農協は「国民の声を無視した暴挙」(北海道農協中央会)と批判した。衆参両院の農林水産委員会は13年4月、コメと麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖を農産物の重要5項目として、「関税を守れなければ交渉脱退も辞さないものとする」と決議した。
TPPに加わるなら、意欲があり、経営規模も大きい農家を少しでも多く育てる必要がある。だが、政権側と農家を束ねる農協との間には、「農業政策をともに進める」という一体感が乏しい。農協改革も決めたが、司令塔の全中(全国農業協同組合中央会)は権限が弱まるのを嫌って強く反対している。
「TPPが浮上してからもう4年。不安で農家は投資もできずにきた」。北海道別海町で牧場を経営し、農協組合長も務める原井松純さん(65)は嘆く。北海道では、ここ数年、酪農家の3%にあたる約200戸が毎年離農し、今年は生乳不足でバターが店頭から消えた。「借金がないうちに」と30~40歳代の若く優良な酪農家の廃業も目立つ。
国内の酪農家を守るため、国がバターの輸入量を管理しており、必要な量を市場に供給する責任も負う。コメと同様、現場の実態と農業政策とのズレは小さなものではない。(編集委員・小山田研慈、澄川卓也)
■溝深い対米交渉、改革も足踏み
昨年7月から加わったTPP交渉も、打開の糸口が見いだせていない。最大の理由が、日本の重要農産品をめぐる日米の対立だ。
合意の機運が高まった今年4月の日米首脳会談では、主な品目について、関税を引き下げる幅や引き下げにかける年数、輸入が急増したときに関税を引き上げる「セーフガード(SG)」などを組み合わせ、一致点を探ることでは合意した。だが、その後の協議は、米国の関心が高い牛・豚肉を中心に難航。SGの発動条件を緩くしたい日本に対し、米国が厳しくするよう求めるなど、溝が埋まらなかった。
「合意は構造改革を加速するためのもので、日本以上にそれが重要な国はない」。米国のフロマン通商代表部代表は10月の講演でそう強調した。「内政干渉」ともとられかねない発言だが、日本はTPPを農業改革のきっかけにすべきだという主張だった。
結局、今月10日に北京で開いた首脳会合では、目標の「年内合意」を断念した。日本が参加してから2度目の先送りで、次の目標期限も決められなかった。
TPPについて、自民党は衆院選の公約で「国会の決議を踏まえ、国益にかなう最善の道を追求する」とした。交渉が停滞し、農協や農家の反発も強いことから、前向きな姿勢を感じさせない表現にとどめた。農協改革についても、当初の公約案より全中に配慮した内容に変わった。
TPPと農業改革を、成長戦略として実現させられるのか。本気度が問われている。(小林豪)
《朝日新聞社asahi.com 2014年11月30日より抜粋》