米、関税交渉強硬に TPP、畜産団体が圧力
2014年05月28日
環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉で、米国が交渉戦略の見直しを迫られている。日本の関税撤廃にこだわる米畜産団体が米通商代表部(USTR)に圧力を強め、関税交渉で日本に歩み寄る余地が狭まってしまったからだ。畜産団体は強い「政治力」を持っており、米政府は難しいかじとりを迫られている。
米国が変わったのは、19、20日にあったシンガポールでの閣僚会合だった。
「11月の中間選挙の前に、『失敗』はもう許されない」。USTRのフロマン代表は甘利明TPP相との会談でこう打ち明けた。大筋合意のめどが立たない限り、次の閣僚会合は開きたくないという趣旨だ。合意に失敗すれば、中間選挙へのダメージは大きい。参加国の中で最も合意を急いでいたのがフロマン氏だっただけに、日本の交渉関係者は驚きを隠せなかった。
背景には、日米交渉で焦点になっている牛・豚肉の業界団体の存在がある。米国の畜産関連5団体は4月の首脳会談の直前、オバマ大統領に「日本と悪い先例を作れば、将来の中国などとの交渉で多くの要求を受けることになる」とした書簡を送り、安易に妥協しないよう牽制(けんせい)した。
米国は関税交渉で、38・5%の牛肉の関税率を「5%以下」、豚肉は最も安い肉の関税を1キロあたり482円から「20円以下」にそれぞれ下げるよう日本に求めている。こうした内容が報道で明らかになると、関税の原則撤廃にこだわる団体側は猛反発した。
米国は、牛肉生産で世界一、豚肉は中国に次いで2位。豚肉の年間輸出額は約60億ドル(約6100億円)で、日本はその3割を占める最大の輸出先だ。アジアを中心に豚肉の輸出額は10年で3倍近くに増えており、TPPによる市場拡大は業界の悲願といえる。
大きな発言力の理由の一つが「裾野」の広さだ。
小規模農家が多い肉用牛の生産者は、テキサス州など全米で約70万におよぶ。豚の産地はアイオワ州など中西部が中心で、生産者は約7万。関連業界では50万人以上の雇用を生んでいるとされる。日本の場合、養豚農家は約5500戸で、米国とはけた違いに小さい。
米国の畜産関連業界は、えさのトウモロコシの調達から食肉加工まで手がけるカーギルなどの穀物メジャー、流通、小売り、マクドナルドなどの大手飲食チェーンまで幅広い。
■資金力で政界に影響
豊富な資金力も強みだ。調査団体「センター・フォー・リスポンシブ・ポリティックス(CRP)」によると、2012年の畜産業界の政治献金は約1100万ドル(約11億円)。そのうち、7割近くが野党の共和党に流れており、つながりの強さがわかる。
CRPによると、畜産業界で今年のロビー活動費のトップが、全米豚肉生産者協議会だ。同団体は、ハワイから米北東部のメーン州まで43州に拠点を張りめぐらせ、各地で有力政治家との結びつきを強めている。
さらに、カーギルなど、関連産業の大手企業からの献金も多い。その結果、貿易政策を扱い、有力議員が集まる下院の歳入委員会では、牛、豚肉の生産で上位5位の州から選出された議員が4割にものぼる。「農業団体の支持なしに、TPPを議会で通すのは不可能だ」。ワシントンのロビイストたちは口をそろえる。
29日からは、牛・豚肉などの関税をめぐる日米実務者協議が再開する。だが、与党・民主党が中間選挙で上院の過半数を奪われかねないなかで、米国が譲れる余地はますます狭まり、交渉は難航が予想される。 (藤田知也、ワシントン=五十嵐大介)
【図】 米国の牛、豚肉の総輸出額/牛、豚肉の生産上位5位の州
《朝日新聞社asahi.com 2014年05月28日より引用》