(天声人語)楽観できない温暖化
2013年09月29日
実りの季節に、こんな詩句が思い浮かぶ。〈秋になると/果物はなにもかも忘れてしまつて/うつとりと実(み)のつてゆくらしい〉。
八木重吉の「果物」の全文である。そうした果物のひとつリンゴの甘みに、温暖化が一役買っているという記事が、少し前の本紙に載っていた▼
代表的な品種「ふじ」の長野県産の場合、30年間で酸の含有量が15%減り、糖度が5%増えた。この間に産地の平均気温は1度ほど上昇していて、その影響なのだという▼
甘く熟れたリンゴには頬がゆるむ。けれど地球温暖化の実情と将来の予測を聞けば、そうも言っていられない。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の6年ぶりの報告は、甘い楽観を吹き飛ばす▼
平均気温の上昇は、今世紀末の最大予測が4・8度だという。そうなれば果物も、夢見心地で太ることはできまい。海面は上昇して低地は水没し、異常気象が人を襲う。高温障害など農業の被害も小さかろうはずがない▼
地球をリンゴにたとえれば、皮のような大気に球体が包まれているイメージだ。温室効果で悪玉視される二酸化炭素だが、もしゼロなら、地球の平均気温は零下18度ぐらいに下がってしまうそうだ。微妙なバランスに守られて、多彩な生命も、人間の文明も、今ここにある▼
一昨日の報告は、温暖化は人間の活動の影響だとほぼ断定している。皮が損なわれれば果実は傷(いた)む。地球も同じではないか。二つとはない星の、壊れやすさへの想像力がいよいよ欠かせない。
《朝日新聞社asahi.com 2013年9月29日より引用》