(プロメテウスの罠)遠野ショック:1 広がっていく赤い点
2012年12月11日
プロメテウスの罠(わな)
【プロメテウス】人類に火を与えたギリシャ神話の神族
夏が始まる昨年7月ごろだった。岩手県遠野市に住む畜産農家の菊池昌茂(きくちまさしげ)(29)は、新しいスマートフォンをいじっていた。
原発事故直後の4月に買ったばかりだ。「福島第一原発」で検索すると、さまざまな映像が出てくる。見るのが怖い気もした。
原発の建屋内部の映像を探していたとき、おや、と思った。奇妙な映像があったのだ。 画面には「第一原発上空でホコリをばらまくと」とある。
誰が投稿したのかは分からない。当時の風向きを検証し、放射能が拡散していった道筋を再現していた。「ホコリ」の着地点は、風船のような小さな赤い点で示されている。
事故直後の「ホコリ」は、まず太平洋に。続いて原発の北西方向へ。3月12日、13日、14日、15日、16日……。はけで掃いたように、汚染の跡が画面に残っていく。
「すげえな」
波打つように、ざざっ、ざざっ、と赤い点が広がっていく。気づくとそれは遠野にまで届いていた。 「これって……。危なくね?」
遠野は福島第一原発から、仙台をはさんで200キロ以上も北にある。にもかかわらず、菊池の中で懸念が芽生えた。
その1カ月以上前の5月13日、遠野からさらに50キロも北に位置する滝沢村の県畜産研究所で、牧草から1キロ当たり359ベクレルの放射性セシウムが検出されていた。
当時の牧草の安全基準値は重さ1キロ当たり300ベクレル。福島県よりも北の牧草で、初めて基準値を超えるセシウムが検出されたのだ。
岩手県は周辺自治体に放牧自粛要請を出し、サンプル調査をした。その結果、対象になった11市町村すべてで基準を下回り、放牧自粛は解除された。遠野市もその一つだった。
菊池は雌牛を飼って子牛を産ませる繁殖農家だ。当時で60頭の雌牛を持っていた。牧草の汚染は経営の根幹にかかわる。一安心はしたが、一抹の不安はあった。
5月下旬から6月、菊池ら農家は採草地で草刈りをした。素手で、マスクもつけなかった。
「もしかして、おれら放射能吸い込んでんじゃねえか?」
懸念が表面化したのは、その直後だった。(山田佳奈)
◇ 民話の里、岩手県遠野の人々が放射能と闘っています。第21シリーズ「遠野ショック」はそれを見ます。
【写真説明】
赤い点が広がっていった
《朝日新聞社asahi.com 2012年12月11日より引用》