20121126

(乱流 総選挙)政策は 関税なくすTPP 和牛が消える? 試される消費者【西部】


2012年11月26日

絶対食べたい。ずっと狙っていた肉だった。

長崎県諫早市のスーパーマーケットに今月初め、最高級の長崎和牛が並んだ。全国大会で内閣総理大臣賞をとった「日本一の肉」。

市内の主婦、山岡啓子さん(61)は受賞肉の発売を新聞の折り込みチラシで見つけ、初日に駆けつけた。すき焼き用に200グラムと、スープ用にすじ肉を少々。

「ほんとに、ほんとにおいしかったです」。牛独特のくさみがなく、甘みがあった。脂身もさらりとして、口に含むとすっと体に入っていく感じがした。

普段からパックに書かれた生産者名を見て肉を選ぶ。高値は痛い。家計に響くけれど、「良い肉を少しだけ食べたい」。

野田佳彦首相は、貿易自由化を進める環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加の意向を固めた。「安い外国産がたくさん入ってきても、私は買わない」

受賞肉は100グラム3千円前後だった。通常の長崎和牛のおよそ3倍の値。それでも、ふだんは1頭分売るのに2週間かかるところ、3日で完売した。担当者は「やはり『日本一』の付加価値はすごい」。

スーパーは高齢化が進む団地内にある。ふだんは高齢者向けに肉を小分けにパックするなどの工夫をしているものの、「売り上げは厳しい」。受賞肉の反響は想像以上だった。

■   ■

牛舎に一歩足を踏み入れると、大きな肩をいからせた数十頭の黒牛が、立ち上がって一斉に私を見た。

長崎市松崎町。総理大臣賞を受賞した渡部英二さん(49)の牛舎。約630頭を飼う大規模農家だ。

「日本一」はとったが、ここ3年、利益が上がっていないという。TPPに参加した後が心配だ。

1991年に牛肉の輸入枠が撤廃され、BSE(牛海綿状脳症)や口蹄疫(こうていえき)にも悩まされた。「日本の畜産農家は苦難の連続だったけれど、TPPが一番の大波だ。揺らがないのは一部の超ブランド牛だけ。日本の食文化は消えてしまう」

ふつうの消費者にTPPの内容がきちんと伝わっていないと感じる。「農家を今よりもっと補助するため、国民の負担が増えるかもしれない。海外で干ばつが起きたら、食料が入らない恐れもある」

そんな説明を、どの政治家もきちんとしていないと思う。「選挙の争点にするなら、いいところも悪いところもきちんと出して、国民的議論にするべきだ」

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兵庫県宝塚市に住む消費生活アドバイザー、藤原以久子(いくこ)さん(63)は「TPPで、私たち消費者も試される」と語る。「日本の消費者はまだ『安い、面白い』ものに目が行きがち。たくさんの物の中から選ぶ力を身につけないといけない」

「選択肢が増え、安い商品が入ることがメリットだが、安全性に配慮されていない物も出回るかもしれない」と考えるからだ。「遺伝子組み換え作物の輸入規制など、政権はきちんとものを言ってほしい」

福岡県久留米市で有機野菜などの産直店を営むつる久(つるひさ)ちづ子さん(64)は「店を始めて20年。消費者は育っている」と話す。生産者と消費者の橋渡し役を担ってきた。高くても安全な食品を求める消費者意識は、年々高まっているという。

一方で、とにかく安さを追求する消費者との二極化が、ここ5年ほどで進んでいるとも感じている。高価な食品を選べる人と選べない人の分化を、TPPが後押しする可能性がある。

「なぜ賛成なのか。なぜ反対なのか。選挙では候補者の主張を吟味したい」

今回の選挙でTPPは争点になりそうだ。いまの流れからすれば、TPP交渉参加はやむを得ないのかなと思う。ただ、そのために国内産のおいしい食べ物が淘汰(とうた)されて私たちの元に届かなくなるのは心配だ。(岩本美帆)
◆キーワード

<環太平洋経済連携協定(TPP)> 太平洋を囲む参加国が関税を原則取り払い、人、モノ、カネの流れを円滑にして各国の経済成長をめざす自由貿易協定。日本にとっては、自動車や電気製品の輸出がしやすくなるメリットがあるとされる。一方、外国産の安い農産物などが大量に入ってきて、国内の農業が打撃を受けるとの批判もある。

【写真説明】

「毎日のブラッシング、こまめな小屋の掃除。いい肉に育てるにはとにかく手間ひまが必要」と渡部英二さん=長崎市松崎町

【図】

TPP、聞いてみました

 
《朝日新聞社asahi.com 2012年11月26日より引用》

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