20121118

グローブ99号<肉食グローバリゼーション>豚の頭数、世界の半分 えさ高騰で肉輸入も 中国=訂正あり


2012年11月18日

軒先にトウモロコシが干してある農家と農家の間を車で走り抜け、養豚場に着いた。ブヒー、ブヒーという鳴き声が奥から聞こえてくる。中国山東省・青島(チンタオ)市の中心部から西へ約100キロ。「青島里岔(リーチャー)黒豚繁育基地」という会社が、ここで「里岔黒豚」を高級ブランドに育てている。

約7ヘクタールの土地に、5000頭を飼う。社員は約50人。事務所のそばに、種豚が1頭ずつ仕切られた区域があった。けんかして傷つけあうのを避けるためだ。最大の350キロの種豚は威圧感がある。

一方、食用に育てられている豚たちは、数十頭ずつ大きな囲いの中にいた。場長の張忠校が囲いの外に育っているカボチャをつるごと投げ入れると、若い豚たちが集まってきた。遠くから突進してくる豚も。頭を寄せ合ってえさを食べる。

里岔黒豚は昔からこの土地にいる品種だ。1990年代以降、成長を速める添加剤を使う養豚場が各地で増えたため、時間をかけて自然に育てる養豚は苦境に立ち、里岔黒豚も絶滅の危機にさらされたという。だが、人々が、多少高くても安全で良質の豚肉を求めるようになり、チャンスを得た。

小売価格は、多くの豚肉が100グラムで2・8元(約36円)ぐらいなのに対し、里岔黒豚は12元だ。それでも、天然豚としてよく売れるという。

2007年の会社創設時は百数十頭だった。今やその約40倍だが、「5年もかかっている。遅い方です」と、場長の張は語る。里岔黒豚はもともと育てるのに時間がかかる。それだからこそブランド商品として評価されている。

中国には7億頭近い豚がいる。世界の豚の半分を超える。豚肉の生産・消費も世界の半分にあたる。2010年、中国が生産した肉類7926万トンのうち、豚が64%を占めた。2位の鳥類は21%。牛は8%、羊は5%しかない。圧倒的に豚肉を作り、食べる。

この豚王国がいま大きな転換期を迎えている。農家の零細経営から大規模経営への移行で、企業も増えている。生産コストなどから零細では立ちゆかなくなってきたうえ、政府も近代化を急ぐ。需要がどんどん拡大する豚肉を、安定した価格で国民に提供し続けなければならないからだ。不足して値段が上がると、社会に不満が広がる。一定規模の養豚場に補助金を出したり、ブランド肉の育成を促したりして、現代的な生産をめざす。里岔黒豚はそんな時代の産物ともいえる。

減り始めた伝統的な農家の「裏庭養豚」を見に出かけた。北京の中心部から車で1時間半。かすみが深いポプラ並木の道を走り、れんが造りの農家が散らばる村へと入る。一軒の裏庭へ回ると、15平方メートルほどの狭い土地で豚を育てていた。石の囲いの中に母豚が2頭。隣の囲いには子豚が8頭いた。「15頭が生まれ、7頭を売って、残りを育てています」。出て来た50代の女性が笑顔で話してくれた。

近所に住む同年代の男性は養豚をやめた。この村では廃業が目立つ。採算に合わないのだ。豚1頭を半年かけて育てると、200元(約2600円)で売れる。母豚が10頭産むと、2000元になる。しかし、大企業の初任給が3000元ぐらいだ。半年間、10頭育てて、新入社員の1カ月の給料に及ばない。おまけに、えさのトウモロコシは値上がりするばかりだ。それなら、町へ出稼ぎに行った方がいいというわけだ。

この村の一角に、2000頭を飼う農家があった。母豚の豚舎をのぞいてみると、前日に生まれた赤ちゃん豚が並んで乳を吸っていた。親戚から多額の投資を受けて、大規模生産を始めた。この村も規模拡大の転換期にあるのだ。

需要の拡大で、豚肉の輸入も始まっている。昨年は消費量の1%程度の約50万トンを輸入した。豚肉加工品の輸出も伸びているため、すべてが13億人の胃袋に収まるわけではないが、地球上の豚の半分がいても、まだ足りない。

もともと、豚のえさの輸入が先行していた。中国は高地や砂漠が広く、耕地は意外と小さい。「世界の耕地の約9%で世界人口の約21%を養っており、主食のコメや小麦の自給を優先する。豚のえさになる大豆は輸入に頼り、トウモロコシの輸入も少しずつ増えている。トウモロコシが高い時は、養豚するより豚肉を輸入する方が安くなり、豚肉の輸入も増えつつある」と農林中金総合研究所の主任研究員・阮蔚(ルアン・ウェイ)は語る。

昨年、中国が米国から大量の豚肉を買ったと知り、メキシコや北欧から豚肉の売り込みが相次いだ。世界の畜産国が中国をにらみ、豚肉の生産拡大に動いている。(五十川倫義)

◆食卓に豚肉料理ずらり、都市部には高級牛肉店も

北京の学園地域に住む友人の元会社員、劉偉奇(リウ・ウェイチー=56)の自宅を訪ねた。家庭料理を取材したいとの私の希望に応じ、IT企業顧問の妻の張鳳蘭(チャン・フォンラン=52)と2人で腕をふるってくれた。月収は合計で1万元を超え、中国では中流の上にあたる暮らしだ。

ジュージューという音と、時折立ち上がる炎の中で、代わる代わる中華鍋を握り、10皿ができた。作り置きの冷菜を加えて12皿が食卓に並ぶ。

青椒肉糸(チンチアオロウスー)など豚肉料理4皿と、鶏肉料理、牛肉料理、野菜料理が2皿ずつ、羊肉料理が1皿。分厚いクレープのような家常餅。ふだん頻繁に食べるお気に入りばかりだ。

2人暮らし。息子夫婦が戻る週末には4、5品つくる。この日はその倍の品を作ってくれた。

冷蔵庫の中も豚肉が多かった。近くのスーパーでの値段は、100gあたり、豚肉は3・2元(約42円)、牛肉は9元、鶏肉は1・6~2元、羊肉は7元だった。

中国の検索サイト「百度」が以前、年間検索数の多い料理を公表した。10位内に、糖醋排骨(タンツーパイクー=スペアリブの甘酢煮)、魚香肉糸(細切り肉の四川炒め)、紅焼肉(豚ばら肉のしょうゆ煮)、回鍋肉(ホイクオロウ)、麻婆豆腐と五つの豚肉料理が入った。鶏料理は2品。牛肉と羊肉料理はない。豚肉料理の圧勝だ。

「中国人の伝統なのでしょう。豚肉の味が好きなのだと思う」と劉。平日は夕食を冷凍ギョーザで済ませることもあるが、具はもちろん豚肉だ。

政治の混乱が続いた1970年代半ばまで、庶民は肉をたまにしか食べられなかった。改革開放後、経済発展によって生活水準が上がり、肉の消費が右肩上がりに増えた。1人当たりの量は欧米より少ないが、国全体では膨大になる。  その豚肉社会で、新たな現象が見られる。値が高い牛肉の消費は全国的には頭打ちだが、北京では牛肉の焼き肉店が増えている。約300店あるという。余裕のある人たちが特別な日に高級肉を楽しんでいる。

日本風の焼き肉店も今年、続々と看板を出した。備長炭を使う「29」の経営者、相澤とも代(36)は「中国の焼き肉の発展期」と見る。中国産肉も輸入肉も和牛もある。北京生活は2004年から。「当時の中国産牛肉はパサパサしていた。今は、いいものも育てている。日本の技術も入れ、畜産技術が上がってきたようです」(五十川倫義)

【図】

世界の肉消費量の推移

世界各国でもっとも消費の多い肉

<photo:Kodera Hiroyuki>
<訂正>

11月18日付G-2面「世界各国で最も消費の多い肉」の塗り分けで、スロバキアと東ティモールが「鳥」となっているのは「豚」の、コートジボワールの「鳥」は「牛」の、インドネシア東部の「豚」は「鳥」の誤りでした。訂正します。

《朝日新聞社asahi.com 2012年11月18日より引用》

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