(限界にっぽん)第1部・福島が問う政府:6 「農地を領地だと思っている」
2012年10月01日
●転用許可出ず、復興の壁
細い山道を上っていくと、森にわずかに視界が開けた。牧草地らしいが、牛の姿はない。胸の高さまで雑草が生い茂る。
福島県川内村は、こうした耕作放棄状態の牧草地をメガソーラー(大規模な太陽光発電所)の用地にする計画を温めてきた。ドイツ政府などの寄付が縁となって、ドイツのエネルギー会社「エコセンターNRW社」が進出を打診してきたからだ。村がもつ牧草地を提供することにし、3月、両者の間で基本合意した。
建設費用は向こう持ち、地元には地代と売電収入の一部が落ちるという。遠藤雄幸村長にとって復興の一助になる「渡りに船」の案だった。さっそく村内6カ所の牧草地を候補地に考えた。多くが「木が生えて森林化した」(村長)ところだ。農地だったところを農業以外の目的で使うことができるようにする「農地転用」は難しいと知っていたが、東日本大震災からの復興を促す「特区法」は、復興に必要なら簡略化された手続きで転用を認める緩和策を打ち出していた。だから、できると思っていた。
村の東側は、福島第一原発から半径20キロ圏の警戒区域に指定され、3千人の村民は避難を指示された。今年1月に帰村宣言し、4月に警戒区域が解除されたが、戻った人は750人だけだ。39戸の畜産農家は7戸になり、300頭を超えた牛は100頭に減った。牧草地は300ヘクタールもあるが、放射能汚染を恐れて牧草の代わりに購入した飼料をエサにしている。
村長が耳を疑ったのはこの夏、復興庁との協議の席上だった。「牧草地の転用はできません。復興特区法で農地転用できるのは、津波被害を受けたところだけです」。そう復興庁の官僚が告げた。川内村は放射能被害を被ったが、内陸部のため津波被害は受けていない。対象外というのだ。
「霞が関はまったく現場がわかっていない。仮に除染しても担い手農家がいないのに……」。せっかくドイツの会社が進出すると言ってくれたのに、復興の青写真が遠のいてゆく。
●農水省との折衝延々
津波被害を受けた広野町でも農地転用が進まず「復興」が宙に浮いている。
住民が約400人に減った広野町には、原発の廃炉や除染の作業員が約4千人も滞在する。3月にまとめた町の復興計画は、そんな「原発事故の収束作業の玄関口」の地の利を生かそうと、JR常磐線の広野駅東側の、津波で被災した約20ヘクタールの再開発を盛り込んだ。原発関連企業や病院、研究機関を誘致する絵を描き、今年度予算で第1次計画分の7ヘクタールの用地買収費約1億円も用意した。
特区法で農地転用の規制が緩められるはずだが、山田基星町長は農林水産省の壁の厚さに憤る。「『津波被災地の転用は柔軟にやる』と農水省の幹部は言うのに、実務をやる出先の農政局はマニュアル通りにしか動かない。農地は自分の領地だと思っている」
農地転用の許可が下りないまま、予定地の田んぼは雑草が茂っている。壊れた堤防がそのまま残り、海辺まで一面の荒れ地だ。
復興の取り組みは、各省庁と地元自治体でつくる復興整備協議会の「ワンストップ」で決まる建前だが、そこの「議題」に上がるまでは各省縦割りの「事前協議」が延々と続く。
なぜ優良農地のここなのか、転用で減る代わりの農地は確保できるのか、どんな企業が来て面積はどれくらいいるのか、もっと具体的な計画を出せ――。町の担当者はこの半年余りの農水省との折衝の様子をうんざりして語った。
●農家や牛減ったのに
復興の足かせになっているのが「農地の呪縛」だ。
農水省の「食料・農業・農村基本計画」は、2008年度に41%だった食料自給率を20年度に50%に高め、農地も計画策定時の水準461万ヘクタールを維持することを掲げている。そもそも農地法は優良農地の転用を原則「不許可」としているうえ、09年の法改正では学校など公共目的の農地転用ですら簡単に認めないよう規制を強めた。農地を減らさないのが大原則なのだ。
それゆえ農水省の室賀豊史農村計画課長補佐は、牛や畜産農家が激減した川内村のケースでも「優良農地の牧草地なので、他のところでやれないだろうか」と指摘した。広野町の事例では、駅前再開発の必要性については理解するものの、「計画はぜんぶ『これから』で、もう少し事業計画を固めていただきたい」と熟度を問題視する。
◆復興庁さえも
こうしたときの調整役が復興庁の役目なのに、同庁は各省からの出向者の混成部隊で、この問題は農水省出身の前島明成参事官が受け持っている。前島参事官は、川内村には「牛が永久にいないわけではない」と言い、広野町には「転用を許可しても何も建たずに、ぺんぺん草しか生えないというのでは困る」と、親元と同じ言い分を繰り返す。
かたくなな農水省に、自然エネルギー普及の旗を振る経済産業省は困惑している。これから自然エネルギーを増やすには、農地や森林という農水省の縄張りを侵しそうだからだ。経産省の担当官は、農水省側から何度も「農地の転用や保安林の解除はできません」とクギを刺されたと打ち明ける。
◆「今だけ」も×
南相馬市の桜井勝延市長とソフトバンクの孫正義社長は3月、連れだって農水省を訪れ、農地転用しないままメガソーラーを建てられないかと陳情した。除染や復興が進んで営農意欲が回復したら農地として使えばいい。せめてそれまでの間、農地のままで別用途に使えないか、というのである。これなら「農地の維持」という農水省の建前も損なわない。
だが、農水省の回答は「農業目的以外の用途は無理」だった。
南相馬市が8月、営農意欲を調べたところ、「農業をやめたい」「迷っている」という回答が74%もあった。 「3・11で大きく変化したのに、それ以前にできたルールが縛っている」と陳情に同席したSBエナジーの藤井宏明副社長は言った。
農家がなくなっても、農水省が守る農地だけは確固として残ってゆく。(大鹿靖明)
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先進国の「限界」が露呈し、新たな模索が始まった「3・11後」。第1部は福島から政府の役割を検証するシリーズです。これまで「先送り」の弊害などを指摘してきました。次回は、企業誘致や公共事業で巨費を投じても将来への基盤を築けない問題を考えます。
【図】
農林水産省が「縄張り」を手放さず、復興を妨げている
<グラフィック・宮下洋輔>
《朝日新聞社asahi.com 2012年10月1日より引用》